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「部屋からも夜景が見えるはずだよ。見に行ってごらん」 レストランではせっかくの夜景を楽しむ余裕もなかったはず。だから葵の背中を押してやれば、心なしか弾んだ足取りで葵は部屋の奥へと向かって行った。馨はその姿を見届けながらジャケットをハンガーに掛け、ゆっくりと室内を確認する。 この部屋には一度秘書が足を踏み入れたらしい。クローゼットには二人分の着替えがきちんと掛けられていたし、バスルームのアメニティは全て馨のお気に入りに差し替えられている。葵との行為をスムーズにするためのアイテムまできちんと並べられているのだから、有難い限りだ。 二人で入るには十分なサイズのバスタブには湯が張られ、おまけとばかりに真っ赤な花びらが盛られたバスケットが縁に置かれている。ロマンチックな夜まで演出してくれる気遣いには、思わず笑みが溢れてしまう。 「日本の夜景はどう?スケールはアメリカに劣るけどね、これはこれで悪くない」 夜景に夢中な様子で窓の前に立つ葵に近付き、背後から抱き締める。平均よりはずっと小柄な体躯は、馨の腕の中にすっぽりと収まった。葵が幼い頃はもっともっと小さなままで成長が止まってほしいと願っていたが、今はこのぐらいのサイズ感も気に入っていた。 「試験もあって、柾の相手もして。疲れたでしょう」 労うように耳元や頬に唇を這わせれば、葵はガラス越しに馨を見つめてきた。頷くべきか、否定するべきか、判断の難しい質問だったのかもしれない。 馨も葵に視線を送りながら、ジャケットのボタンに手を掛けた。葵はもちろん抵抗しない。同じ素材のハーフパンツも、パステルカラーの小花が散りばめられた柄のネクタイも、あっという間に床に滑り落ちた。 室内とはいえ、外の景色を見ながら少しずつ衣服を剥がされていくのは恥ずかしいのだろう。ガラスに映る自分の姿を直視しないよう、葵がそっと視線をずらしたのが分かる。 「葵、こっちを向いて」 やり場のない視線の行き先を指示してやると、ようやく蜂蜜色の瞳が直にこちらを見上げてきた。褒めるように唇を奪えば、身長差を埋めるため葵が少しだけ背伸びするのが分かる。こうした健気なところが愛しくて堪らない。 最後に食べたフランボワーズの味だろう。葵の唇を割り開けば、ほんのりと甘酸っぱい香りが広がる。小さな舌を絡めて吸い上げると、その感覚はさらに強くなった。

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