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「あれ、どうしたの?」 保健室を訪れれば、当然のように保健医から疑問が投げかけられる。その中にわずかに呆れの色があるから、彰吾が朝っぱらから葵を抱き潰した可能性を考えたのだと分かる。 「拾った。多分貧血。試験ここで受けると思う」 「あぁそう、分かった。始業まで寝かせてあげようか」 簡潔に状況を伝えれば、保健医はそれ以上追及せず、ベッドの並べられたスペースまで先導してくれる。布団をめくり、葵のローファーを脱がすことも彼が手伝ってきた。 「職員室行ってくるけど、緒方は?まだいる?」 葵をここで受験させるための確認と準備のためだろう。部屋を出ようとする保健医に尋ねられて彰吾は一瞬迷ったが、一限が始まるまでここに残ることを選んだ。葵が心配だったわけではない。無意識かもしれないが彰吾のシャツを掴み続ける葵に、どうしようもなく欲情していた。 「分かってるだろうけど、そこでヤッたら出禁だからな」 「この状況でヤるわけないだろ、さすがに」 彰吾の目にぎらついたものを感じたのか、保健医は厳しい口調で忠告してくる。彰吾はあくまでまっとうな回答をしてみせるが、自分は全く信用がないらしい。疑わしい目をしながら彼は去っていった。 ベッド脇のパイプ椅子に腰を下ろした彰吾は、まだ青い顔をする葵を見てふと思い立つ。自分の朝食用にと買ったものなら葵でも食べられるかもしれない。 「これ食う?」 「……ン」 鞄を漁って取り出したゼリー飲料を葵の頬に当てると、その冷たさでぼんやりしていた葵の目が少しだけ冴える。 「なん、ですか?」 「あぁ知らねぇのか。ほんとにお坊ちゃんなのな」 彰吾も裕福な家庭で育ったが、コンビニもファストフードも利用するごく普通の高校生ではある。だが、目の前の彼は自家用車で通学するほどの桁違いな金持ち。当然こんな栄養食も口にしたことはないのだろう。 「ただのゼリー。何も食わねぇよりは楽になるから。試験受けてくんだよな?」 試験を飛ばせば、追試の扱いになる。真っ直ぐに家に帰らねばならない葵にとって、それは避けなくてはならない事態なのだとは予想がついた。案の定、葵は気だるげにしながらも頷きを返す。 葵の首元に腕を通し軽く支えた状態でゼリー飲料を口元に当ててやれば、葵は恐る恐る飲み口を咥えてみせた。 ちらりと覗くピンク色の舌をみた瞬間、彼に無理やり口淫させた光景が蘇る。こくりと喉を鳴らす様も、美智の吐き出したものを飲み込んだことを思い起こさせて堪らない。今度は自分もああして葵の口内を汚してやりたいと、あの時抱いた劣情が彰吾の中に湧き上がってきた。

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