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シングルベッドの中で丸くなるように眠る葵。保健医の言う通り、それなりに深い眠りに落ちているらしい。
傍に開かれたままのパイプ椅子に腰を下ろすと、葵が何かを握り締めていることに気が付いた。布団を少し捲るとその正体が分かる。
銀色のパッケージに浮かぶ色鮮やかなロゴ。手軽に栄養補給が行えるゼリー飲料。これをよく咥えている人物を美智は知っている。
「へぇ、珍しい」
貧血と聞いたから、葵は朝食を摂っていなかったのかもしれない。とはいえ、保健室にわざわざ運んでやった上に自分の朝食を分け与えてやるとは。
さらに興味深いのは、葵が彰吾に与えられたものを大事そうに握りながら寝ていること。
「彰吾に懐いちゃったのかな」
今朝の行動だけを考えれば、彰吾は優しい上級生だ。けれど、葵を無理やり犯している相手でもある。保健室に運び、こんな食事を与えたぐらいで帳消しになるような話ではない。
先日美智に対しても、葵はどこか柔らかな表情を浮かべて手を振り返してきた。彰吾と同じく、葵にとっては恐ろしい存在であるはずなのにだ。
葵の家庭環境はまだ把握出来ていないが、普段の振る舞いや、携帯電話の中身を見てもまともに育ってこなかったことは十分に察することが出来た。葵はきっと優しさにも愛情にも飢えている。
「かわいいなぁ」
美智には目の前の生き物が、ひどく哀れで、そして愛しく思えた。思わず頬に触れてしまえば、髪よりは濃い色をした睫毛が震え、そしてゆっくりと視線が絡む。
「……ッ」
「ごめん、起こしちゃった」
相当驚いたらしい。葵は声もなく息を呑んで固まってしまった。無理もない。一人で眠っていたはずなのに、目を覚ましたら自分を犯す上級生が微笑んでいるのだ。恐怖すら感じるだろう。
「あと二十分ぐらいは寝られるよ」
だから再び眠っても構わない。乱れた前髪を整えてやりながらそう囁くが、葵はまだ全く状況が理解出来ないらしい。瞼を伏せる様子はない。
「一人で眠れないなら添い寝してあげようか?」
葵への問い掛けがほとんど意味をなさないことは、ここ数回の逢瀬で十分に理解している。今も美智の思った通り、提案に対し葵は反射的に頷いた。本人の同意があればあの保健医も文句はないだろう。
二人で利用することを想定していないベッドは、少し狭いけれど、体を寄せ合えば気にならない。美智は葵の首元に左腕を差し出し、いわゆる腕枕の体勢をとってやると、その体をすっぽりと胸に抱え込んだ。
ただでさえ葵の温もりが残る布団の中でその熱の発信源である存在を抱えると、眠気などちっとも感じていなかったはずの美智までじんわりと瞼が重くなってくる感覚に襲われる。
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