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「夏休みに入ったらすぐに葵を連れて逃げてしまおうか」
元々葵の誕生日前後は休暇も兼ねて、国外で過ごすことも視野に入れていた。煩わしい柾の手から逃れるためにも、予定を大幅に前倒してもいいかもしれない。
馨がそんな思いつきを口にすると、途端にニコラスが困った顔をした。それほどの休暇を馨に与えるのはいくら優秀な秘書とはいえ、相当難しいオーダーだ。
「葵様へのレッスンも予定されているとか」
「あぁ、あれも本気なの」
柾はお披露目に向けて、人形らしい振る舞いしか出来ない葵を教育し直すと意気込んでいた。葵に余計なことを吹き込まれるのは不快だが、徹底的に柾から隔離しようとすればあちらも強硬手段を取りかねない。
「それは少し様子を見ようか。柾がどう出るつもりなのか、興味はあるしね」
今すぐ止める意思はないと言えば、ニコラスは了承の頷きを返した。
葵が外部からどんな情報を与えられようとも、きちんと馨の育てた通りの人形でい続けられるかどうかも気にはなる。もし惑わされるようなことがあれば、躾をし直すいい機会だ。
「最近はずっといい子でいるから。少し刺激も欲しくなってきた」
根本的には葵を甘やかしてはやりたいものの、誕生日に向けて何か一つぐらいイベントがあってもいい。それを乗り越えてより一層の愛を深められるような、そんな出来事。
「ニック、葵を抱いてみる?」
「……今、なんと?」
試しにニコラスを遊びに誘えば、普段は感情を押し隠し冷たささえ感じる顔つきの彼に明らかな動揺が走った。
葵への強い独占欲とともに密かに湧き上がらせていたのは、他人に抱かれる葵を見てみたいという欲望。馨以外に貫かれながらも、葵がきちんと馨を求め続けることが出来たら、それが真の征服と言えるのではないかと、そう思うのだ。
「葵はあんなに可愛いんだし、嫌ではないでしょう?」
「そういうお話ではありません」
「ニックならいいけどね」
相手は誰でもいいわけではない。彼は見目も麗しいし、馨に対しての忠誠心も深い。スパイスとして投入するにはうってつけの人物である。
葵がニコラスに抱かれるのを嫌がっても満足だし、素直に快楽を受け入れてしまえば厳しく躾ける口実になる。どちらに転んでも馨にとっては面白い。
「お断りいたします」
「そう?まぁ、いつか、ね」
忠実な部下なはずのニコラスははっきりと拒絶を示してきた。つまらないが、この反応は想定内だ。また誘うことを匂わせば、彼はあからさまに眉をひそめてきた。
一度興味を抱いたことに対して、馨がそう簡単に諦めるような性格をしていないとよく分かっているからこそなのだろう。
シーツの上で背後からのしかかられるようにニコラスに貫かれる葵。戸惑い、泣きながらこちらに手を伸ばし、馨に助けを求めてくる姿すらきっと可愛いはずだ。
頭の中で描いた光景に思わず口元を緩ませれば、その妄想の正体を察したのか、ニコラスからは深い溜め息が溢れた。
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