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sideニコラス
チャイムが鳴ってしばらくすると、校門から続々と学生が溢れ出てきた。六月に入り衣替えを迎えたのか、漆黒の詰襟の中に、眩しいほど白い半袖シャツのみを纒う者がちらほらと確認できる。
楽しげにふざけあいながら下校する少年達は、皆一度は車の傍に佇むニコラスに遠慮がちな視線を投げてきた。
外国の血が濃く表れている自分の容姿が、日本では人目を引く自覚はある。好奇心にまみれた視線には慣れていた。それに、ニコラス自身だけでなく、一体誰を迎えに来たのかも、彼らの興味の対象なのかもしれない。
ニコラスよりも更に色素の薄い金髪は遠目でもすぐに見つけられた。あちらも気が付いたようで、途端に歩調が早まるのが分かる。
「……ニコッ」
近づいてきた葵からわずかに弾んだ声で名を呼ばれ、ニコラスは軽く頭を下げた。どんな理由であれ、馨のいない場でニコラスと過ごせることを喜ぶと分かっていた。覚悟はしていたが、いざこうして真正面から懐いた仕草をされると、決心が揺らぎそうになる。
「ニコの車じゃない」
無言で後部座席の扉を開けば、葵はすんなりと乗り込まずに視線をこちらに投げてくる。
確かに今日は前後の予定の兼ね合いで、社用車の一つを借りていた。葵と外出する際はニコラス個人の車を使うことが多かったから、疑問に思ったのだろう。
ただそれを説明する必要はない。手で車内を指し示すと、葵はニコラスとの会話が広がらないことに残念がる顔をしながらも、素直に車に乗り込んだ。
どこに座れば良いのか迷う素振りを見せる颯斗にも同じように目線を送れば、彼は葵の隣に並んで座った。
彼らを連れて行く場所は藤沢家の本邸。ルートは頭に入っているが、ニコラスはあえてナビを操作し、運転に集中するポーズをとった。
馨との移動の際は道中に仕事のやりとりをすることも多いため、運転は他の者に任せているが、葵相手の時は別だ。葵と会話せずに済むよう、自ら運転することを選んでいる。自家用車を使うことが多いのも、運転するならば慣れた車のほうが楽なだけ。
葵はそれを知ったらきっと悲しむだろう。でもこれは葵のためだ。ニコラスは前任者と同じ過ちを犯すわけにはいかない。葵をこの不自由な環境の中でも、出来る限り平穏に暮らさせてやるには馨の機嫌を損ねないことが何よりの近道だ。
バックミラー越しに後ろの様子を窺うと、葵は静かに窓の外を眺めていた。その横顔を颯斗がチラチラと覗き見ているのが分かる。
初めは葵に何の興味も持たないどころか、どこか疎ましそうな態度を取っていたはずの彼の心は、いつのまにか変化しているようだ。まだ高校生になったばかりの子供ならばそれも仕方ないだろうが、早いタイミングで釘を刺しておかねばならない。嫌な役目だが、ニコラスが請け負うしかない。
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