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「葵さんが部活入るってことは、俺も一緒に、ってことですよね?」
屋敷を出るなり、颯斗が控えめに尋ねてくる。葵の付き人、という意味を彼はまだ正確に理解出来ていないらしい。校内で四六時中葵に付き添わせるために、同級生の颯斗を選んだのだ。
「ですよねぇ」
ニコラスが視線だけで回答すれば、颯斗は溜め息混じりにぼやいてみせた。自身の高校生活が台無しになっていると感じるのも無理はない。でもそんな颯斗の態度を見て、葵が罪悪感を抱えた悲痛な表情を浮かべていることに彼は気が付いているのだろうか。
少しは見直そうと思ったが、やはり子供は子供だ。
「次も、ニコが一緒?」
これから定期的に柾からの呼び出しがあるという事実も、葵が絶望したような顔になる要因だろう。せめてニコラスが一緒ならばと縋ってこられると胸が痛む。頼むから、期待するのをやめてほしい。
「あの様子なら、颯斗だけでも大丈夫でしょう」
突き放せば、葵は泣きそうになった。こんな顔をさせたくはないのだから、はじめから期待しないでほしいのだ。葵の気持ちに応えてやれないのだと、そろそろ理解してほしい。
近々、葵が誕生日に纏う予定の衣装のフィッティングがある。それにニコラスも付き添う。教えてやれば葵はきっと喜ぶだろう。つい甘い考えが頭を過るが、それでは今まで必死に貫いてきた態度の意味がなくなる。
それに馨を差し置いて情報を与えるわけにもいかなかった。
諦めたように車に乗り込み、窓の外を眺める葵の横顔はニコラスの胸を締め付ける。これが最善だ。そう信じることでしか、救われない。
「あの、俺はここから電車で帰るので」
葵を自宅に送り届けると、颯斗はそう言って頭を下げて車から離れようとした。だが、彼とは話しておくべきことがある。
「社に戻るついでだ。助手席になら乗せてやる」
彼を葵なしで後ろに座らせるつもりはない。ニコラスの言葉に颯斗は少し迷いを見せたものの、隣に乗り込んできた。
「ニコラスさんは葵さんと、仲がいいんですか?」
颯斗が素直に誘いに乗ったのは、彼もまたニコラスに話があったかららしい。発車するなりすぐに切り出すところも、質問の内容も、やはり幼さを感じる。
「私は馨様の秘書。そして葵様は馨様の大切なご子息。それ以上でも以下でもない」
ただ事実を述べれば、颯斗は納得のいかなそうな顔をする。葵がニコラスに親しみを感じているのが明らかだからだろう。
「颯斗。君もそうだ。立場を弁えろ」
「……立場、って」
「葵様をあんな目で見るな。馨様に気付かれたら終わるぞ」
無自覚かとも思っていたが、ニコラスの言葉で颯斗の頬が一気に染まった。どうやら葵に目を奪われている自覚はあったらしい。
「なぜ葵様の送迎にまで君を付き添わせているか、その理由が分かるか?」
颯斗が首を横に振ったのが、視界の端で分かる。
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