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最終話-③
季節が巡る。
蒼く映える木々の葉が少しずつ黄みを帯びていく。青い空は高くのび、湿り気のない乾いた風が肌をかすめて走り抜ける。イチョウ並木をくぐると、足元には一面に広がる黄色い絨毯。病院へと続く道のりを明るく彩っていった。やがて澄んだ空気が街中を包み込み、ちらりちらりと粉雪が舞い落ちる。白い息と薄紅色に染まる頬のコントラスト。窓を開けてはしゃぐその横顔は、まるで鮮やかに咲き誇るガーベラのようによく映えた。
そよ風が心地良い。病院の正面玄関に咲く桜の木。淡いピンク色の花びらが風に乗って宙を舞う。幸太郎は手にしていたキャリーケースを置き、空を眺めて大きく息を吸った。
「将太くん、無事退院できて本当に良かったわ」
木下がその隣で穏やかに言った。幸太郎も笑みを浮かべて言葉を返す。
「まだリハビリ通院が必要ですけど、ここまで来られたのも病院の皆さんのおかげです。本当にありがとうございました」
「私たちは患者さんの回復のお手伝いをしただけ。ここまで来ることができたのは、将太くんが一生懸命頑張ったからよ。もちろん、幸太郎くんがずっと側で将太くんを支えてくれたことも大きいわ」
照れ笑いを浮かべる幸太郎に、木下が溌剌とした笑顔を向けた。
「やっぱり笑顔で退院される患者さんの姿を見るのが一番嬉しいわね。帰りはタクシー呼ばなくて本当に大丈夫?」
「はい。自分の足で、二人で一緒に帰りたいって、将太が。時間はかかっちゃうかもしれないですが、いいんです。ゆっくりでも、僕たちは前に進んでいけますから」
遠くの景色を眺める瞳。その瞳に揺るぎない意志が宿っているように見え、幸太郎から強く逞しい輝きを感じた。
「コタ」
自動ドアが開く音とともに、耳に馴染む優しい声が聞こえた。
「お待たせ」
その右手に、杖を携えて歩く将太。一歩ずつ歩みを進め病院の外へと歩き出す。
病院を後にする二人の背中。木下がその姿を優しい眼差しで眺めていると、同僚の看護師が呼びに来た。木下の真っ直ぐな視線に、同僚も二人の姿を追うように眺めた。
「将太くん、電車を使うとはいえ、退院早々家まで自力で帰るって大丈夫でしょうか」
心配そうに言う同僚。そんな同僚に向けて、木下は確信を込めた声で答えた。
「大丈夫よ、あの二人なら。きっとこの先も。だって……」
笑顔を向け合う二人の後ろ姿。その姿に木下は目を細めて言った。
「二人の愛は本物だもの」
その左手の薬指には、春の穏やかな日差しに反射して、二つの指輪が艶やかな光を輝かせていた。まるで、この先の二人の未来を、明るく照らし出しているかのように。
ーfinー
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