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Liquidation 3-3

 ほんの数時間離れていただけなのに懐かしい声が、ビルの肩越しに聞こえた。 「遅かったじゃないか、サミュエル。ここに来るまでの間に、何か小細工でもしてきたのかい?」 「僕が? まさか。大事な相棒のピンチに小細工するほど僕は馬鹿じゃないよ。君の要求通り武器も不所持だ。確認するかい?」 「今の君に近づいたら即撃ち殺されそうだから遠慮するさ」 「遠目からでも結構。ほら、どうだい? 拳銃もナイフも仕こんじゃいないさ」  ビルの身体が壁になっていて、この場所からサムの姿をはっきりと確認できないが、どうやら彼はジャケットを脱ぎ捨てたらしい。サムもビルも口調は穏やかだが、少しでも隙を見せれば殺されかねない、殺伐(さつばつ)とした空間になった。 「君の言葉が真実だと受け取っておくよ、サミュエル。君は相棒のためならば〝何でも〟する男だからな」  ビルがジェイクから奪った拳銃をサムへ向ける。  今の自分に何かできることはないのか。ビルがサムを撃ち殺してしまう前に。 「……ああ、そうさ」  サムはビルの皮肉を真摯に受け止めた。 「確かに昔の僕ならどんなに汚い手段を使ってでも、ビル、君を逮捕……いや殺していただろう。だが今の僕は違う。ジェイクのためなら君と相打とうが構わない。もちろん、君を逮捕してジェイクと僕が無事に帰ることが最良だけどね。それに――」  サムがビルに向けて歩を進める。大胆なサムの行動にビルは一瞬たじろいだが、すぐさま銃口をサムからジェイクに向け、サムを牽制(けんせい)する。  元相棒のふたりの距離は、互いが手を伸ばせば届くほど縮まった。 「――やめておけよ、ビル。君はジェイクを撃たないだろう?」 「君の発言は矛盾しているぞ、サミュエル」 「矛盾していないさ。君はジェイクを撃たないだけであって、この僕はもちろん、無関係の一般市民ですら残虐に殺す男だって、他でもない僕だけが知っている事実だ」  サムの指摘にジェイクに向けられた銃口が震える。サムの言葉が間違いでないことはビルの動揺や、これまでに見たことのない怒気をまとったサムの態度から察することは容易であった。  それに――。  ふと、登場してから一度も合わされなかった視線がサムと交わる。わずかな時間だったが、サムの瞳は平時の穏やかなブルーアイズに戻っていた。  サムの意図は理解した。  揺さぶりをかけられたビルの反応次第では、最悪の場合ふたりとも殺されることも大いにあり得る。  だが不思議とジェイクの心は落ち着いていた。きっと成功する。アイコンタクトでサムが教えてくれたからだ。ジェイクは自分の役割に徹することにする。 「サム、これ以上嘘は止めてください! 俺はあの事件の真実を全部聞いた。あんたのせいでビルの人生はぶち壊されたんだ」 「僕とビルのどちらを信用するんだい? 君の現状を見たら一目瞭然だろう? それにビルは君のことを僕と同じような眼で見ているのに気づかないのかい?」 「ビルとあんたを一緒にしないでください」 「僕の登場があと数秒遅かったら君は彼にキスされ……いや、それ以上のことをさせられていただろうね。ビルから聞いていないだろうからあえて言わせてもらうと、彼はバイセクシャルだ。奥さんも子供もいたけど、本当は君みたいな男のケツを掘りたいただのクソ野郎なんだ」 「黙れ、サミュエル……っ」 「結婚だって世間体のためだろう? 僕は君から見栄っ張りだの、プライドの高い男だのと言われていたが、君こそ女性を使ってまで自分のプライドを守りたかったのかい? 彼女が死んだ一番の理由も僕たちの事件じゃなくて、君との関係を断ち切りたかった――」 「黙れっ!」  怒りに囚われたビルは激高し、サムの胸倉を掴み上げる。だがビルの行為はサムにとって好機となった。 「ビル。僕がそれなりに優秀な刑事だってこと忘れていないよな」 「何っ?」  サムは逆にビルの身体を引き寄せ、彼が手にしていた拳銃を奪い取り、そのまま床を滑らせるようにして、ジェイク向かって蹴り飛ばした。 「今だ、ジェイク!」  迷いもなくジェイクは狙いを定めて引き金を引いた。

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