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第1章 恋はレモン色

    第1章 恋はレモン色  ツバメが二羽、麦藁を銜えて飛んできた。そこは一族に伝わる好立地のようで、運賃一覧表の真上に巣をかける光景は、とある駅の風物詩だ。  きっと去年と同じペアだ。浅倉莉音(あさくらりおん)はツバメの行方を目で追うと、産毛が光る頬をゆるめた。連絡通路へと視線を戻して首をかしげる。  たったいま通り抜けた改札から見て(はす)向こうの壁が、まちがいさがしの問題に変じたように昨日の帰宅時とは様子が異なる。  速足で通路を突っ切った。県内の温泉郷のポスターが藤の花祭りのそれへと貼り替えられた。それから見慣れないものがひとつ。恐らく夜の間に設置されたのだろう。半畳大の黒板が、図書館の返却ポストの傍らの壁に掛かって艶々しい。  職員室で見かける日程表を兼ねたタイプの黒板で〝ご自由にお使いください〟と記したチョーク入れが紐で吊るしてある。  莉音はブレザーのポケットをまさぐった。モカブラウンのそれの胸元を、校名の翔陽(しょうよう)を図案化したエンブレムが飾る。スマートフォンを引っぱり出して黒板へ向けた。 〝今日のトピックス〟は、これで決まり。  シャッターボタンを押した瞬間、 「あら伝言板ね、なつかしい」  中年女性が黒板の前を通りかかり、莉音をちらちらと窺った。おばちゃんという人種は独り言めかして通りすがりの誰かしらに話を振る、という高等テクニックを巧みに使いこなすから要注意だ。  ロックオンされしだい、ぺちゃくちゃ攻撃の餌食になる。莉音は、あたふたとリュックサックを揺すりあげた。高二男子ごときに相槌を求めるのは無茶ぶりですからね。呟き、私鉄のホームへと急ぐ。JRと、私鉄がもう一路線乗り入れているため登校のピーク時は沿線の高校生でごった返す中を。  と、いう出来事があった、その日の放課後。莉音は、一学年上の立花秀帆(たちばなしゅうほ)(くだん)の画像を見せながら、にわか仕込みの知識を披露した。 「これ、伝言板っていって平成の初めのころまでは、たいがいの駅にあったらしいです。で、試験的に復活させてみた、みたいな。さて先輩に問題です」  黒目がちの目をきらめかせて一拍おいた。水玉模様の小裂(こぎれ)をひと振りして言葉を継ぐ。 「伝言板の用途とは? 正解したら豪華賞品、ピースを十枚進呈」 「もらっても、うれしくないなあ」  秀帆は苦笑交じりに、細いフレームの眼鏡を押しあげた。  ふたりは家庭科室にいて、ここは秀帆が部長を務める手芸部のいわば活動拠点にあたる。清風にカーテンが揺らめき、裁縫箱の蓋にまとめてある糸くずがふわりと舞う。莉音の、生まれつき栗色がかった髪の毛と、秀帆の緑の黒髪が仲よくそよぐ。

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