2 / 116

第2話

 作業机を挟んで向かい合わせに腰かけて、小裂をちまちまと縫い合わせる高校生男子の図。それは幼稚園児が泥団子の出来栄えを競い合っているように微笑ましい光景だ。  莉音の小作りな顔に時折、切なげな影が差す点を除けば、だが。  ちなみに家庭科室は、技術系の教室が各フロアを占める通称・第二校舎の三階に位置する。桜の木がぐるりを囲む校庭を一望に収める、という絶好のロケーションだ。 「受験生は日夜、問題集と格闘するのでキャパが一杯なんだよ? もったいぶらずに答えを言おうね、三、二、一」  ゼロに達した瞬間、莉音はマイクに見立てた物差しを摑んだ。 「発表します。携帯が普及する前の時代は外出先で急用ができた、友だちと待ち合わせしてる、こんなときは伝言板の出番だ。というわけで『先に行ってる』とか『一時間遅れる』とかメッセージを書き込んで、連絡用のツールに重宝していたんですって」 「なるほど、アナクロいなりに便利かもしれないね。素朴なよさがあるよ」  白い歯がこぼれるさまに、内心ガッツポーズをした。独自の計算法によれば笑顔一回につき五ポイントが加算される仕組みで、興味を惹く話題を仕入れてきた今朝のおれグッジョブ、と思う。  累計ポイントはかれこれ千を超え、もっとも悲しいことに手をつないでいただくなどの賞品と交換できる、という特典はつかないのであった……。    ところで話は去年の春に遡る。翔陽高校は部活動が奨励されている。というより、どこかの部に入るよう実質的に義務づけられている。  入学して最初のホームルームで、強制じゃないぞ、と担任の教師が内申書にひびくと暗に匂わせたさい、莉音は思った。なるたけ、ぬるい部を選ぼう。なので運動部は論外。吹奏楽部および書道部はスポ根路線を踏襲しているともっぱらの噂で、これまた対象外だ。  さて新入部員獲得強化期間は、どの部もえりすぐりのスカウトを一年生のフロアへと派遣する。秀帆も部員の確保に動いていた。  花曇りの昼休み、莉音は購買部の列に並んでいるときに背中をつつかれた。振り向くと百六十センチそこそこと小柄な二年生が立っていて、それが秀帆その人だった。動物に喩えるとシャム猫系のおっとり上品な先輩だなと、つい見蕩れたせつな、 「新入生の、きみ。僕と一緒にまつり縫いの達人をめざそう」  入部届がブレザーの胸ポケットにねじ込まれた。折りしもトランペットの()が響き渡ったのが演出効果満点で、だから勘違いしたのだ。運命の出会いだ──と。ふたつ返事で入部届に記入し、現在に至る。

ともだちにシェアしよう!