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第3話

 なにゆえ手芸部? と不思議がる友人には、 「あとひとり部員をゲットしないと同好会に格下げだって泣きつかれちゃってさあ」  しぶしぶ感を漂わせてみたものの、そのじつ浮かれっぱなしだった。ひと目惚れした相手、しかも接点が限られる上級生と自然な形で親睦を深めることができる。オイシイ話が舞い込んできたわけで、ただし片思い歴を更新しつづけるというがついた。  事実上、必修扱いとはいえ家庭の事情で部活どころじゃない生徒もいる。ゆえに手芸部は彼ら、彼女らの受け皿という色合いが濃い。顧問にしても部員の自主性を尊重する、と称して滅多に家庭科室にやって来ない。かくして幽霊部員の巣と化し、今日も今日とて真面目に活動しているのは在籍人数が十に対して二だ。  もっとも莉音にとっては、手芸部が過疎化の一途をたどるのはかえって好都合だ。ただ好きな人と一対一というシチュエーションは善し悪しで、事あるごとに心臓が踊り狂うのが困りものだ。  今しも眼鏡にあたる光の加減で、レンズの奥の双眸が妖しくきらめくと、ネクタイをむしり取りたくなるほどの胸苦しさに苛まれる。  ペットボトルの緑茶をひと口すすった。指貫をはめなおして菱形のピースを二枚、籠からつまみあげた。 「さっ、チクチクやりましょう」 「だね、地道にがんばらないとね」  秀帆も針に糸を通して玉結びをこしらえた。  ゆるさが持ち味の手芸部といえどもノルマがある。部員全員、文化祭に最低一作は出品することを課せられていて、莉音は秀帆と共同制作に取り組んでいる。パッチワーク仕立てのタペストリーが、それだ。  型紙を作り、厖大(ぼうだい)な数のピースを切り抜いて、と昨秋以来こつこつと作業を進めているが、完成すれば畳サイズという代物(しろもの)だ。なので時間をやりくりして、ひたすらチクチク。 「けど未来へ羽ばたけをテーマにペガサスを真ん中にどかんって、ベタすぎ、ダサ」 「発案者は浅倉でしょうが……翼を縫い進めているんだよね、ひとつのパーツにつき細長い菱形が六枚だよ、一枚多い」  秀帆がPCタブレットをタップした。設計図にあたるものの、それの問題の箇所を拡大して莉音に示した。 「ほら、やっぱり六枚だ。ケアレスミスだね、早めに気づいてよかった」  さらさらと黒髪が額を掃くたび、シャンプーの残り香がくゆりたつ。同様の場面は何回もあったにもかかわらず、一向に免疫ができない。 「ハンバーガーが食いたいとかなって、ドジりました」  莉音は大げさにアハハと笑ってみせると、さりげなく椅子を後ろにずらした。  ラスト一周だの、バッチ来いだの、運動部の掛け声が橙色(だいだいいろ)に染まりはじめた空にこだまするのに引きかえ、ふと沈黙が落ちた。お互いうつむいて、ぐし縫いに励む。

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