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第4話

 針が布をすべる音が、せせらぎのような調べを奏でる。まったりと時間が流れて、とはいえ秀帆は目下、計二百枚もの涙形のピースを菊の花状に縫い合わせるという試練にさらされている。フレームの縁から指を差し入れて瞼を揉んだ。それから気分転換のように問いかけてきた。 「さっきの伝言板の話だけどね、用件を書く以外に利用するのは禁止なのかな」 「ルールについての説明書きはなくて、でも中傷とかエッチな落書きはもちろんNGでしょうね。基本的に常識の範囲なら……」  あやふやなイメージが頭の隅で像を結びはじめて記憶をたぐる。おしゃべりにつき合わせる気満々のおばちゃんに邪魔されたせいで確認しそこねたが、伝言板の片隅に矢が刺さったハートが描かれていたような。人名らしきものが書き添えられていたような……。 「気づいてもらえたらラッキー的な、告るツールに活用するのもありっぽいです」  告る、と口にしたさい声が微妙にうわずったのを訝られなかっただろうか。 「運試し的に? おまじないの類いが大好きな女子の間で流行るかもだね」  ごく普通の反応が返りホッとした。縫いかけのピースと針をまとめて持ちなおすと、そこに、 「おめでとう。どうぞ、お納めください」  リボンシールでプレゼント感を演出したガムのボトルが天板の上をすべってきた。莉音は摑みあげて、きょとんとした。すると拍手を浴びて、 「今日で十七歳の、かわいい後輩へ」 「ははあ、かたじけのうございます」  すかさず床にすべり降りて、ひれ伏した。そして、よきにはからえ、とばかりにふんぞり返るさまを振り仰ぐ。  秀帆と並んで歩くときは十センチ余り低い位置にくるツムジを視線で愛でるのが常のため、眺める角度が変わると新鮮だ──。といっても莉音自身、百七十二センチといたって平均身長だが。  密やかに、ため息を床にこぼす。たかがガム、されどガム。想い人がわざわざプレゼントを用意してくれていた点に価値があり、極端な話、これが仮に蛙のミイラであろうが家宝にする。  だが手放しで喜べない。うれしいサプライズを仕かけるのも、可愛いなんて毒性の強い科白を垂れ流すのも、悪気がないだけにかえって残酷ですよ、立花先輩。  と、教室前方の引き戸が勢いよく開いた。  莉音は膝立ちに躰を起こしながら、ゲッ、と呻いた。  闖入者(ちんにゅうしゃ)三神晴也(みかみせいや)といって、莉音と同じく二年B組の生徒だ。ランニングシャツと短パンのユニフォームが、均整がとれて引きしまった体軀によく似合う。それがまたムカつく要素で、 「部外者は立ち入り禁止、お引き取りを」  冷ややかに言い放って再び作業机に着いた。うたかたの、だが至福のひとときをぶち壊す不届き者はまとめて地獄に堕ちろ、だ。

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