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第5話

 しかし三神は引き下がるどころか、ずかずかと踏み込んできて莉音の真横に立つ。汗の匂いが甘やかに鼻孔をくすぐった拍子に針をつまみそこねた。  三神が椅子の脚を軽く蹴り、ついてこい、と急かすふうに引き戸へと顎をしゃくった。陽に灼けて精悍さが際立つ顔を不敵にゆがめると、こころなしか敵意を含んだ眼差しを秀帆へ向けた。 「ちょっと浅倉、借りてくわ」 「つれていかれると大幅な戦力ダウンだ、困るよ」 「そっ、おれは忙しいの」  莉音はシッシッと手を振り、すると背もたれにランニングシャツがかぶさった。 「なんだか急に、しゃべりたい気分になっちまったなあ」  いろいろを強調した言い方をされると弱い。三神は、莉音が秀帆への想いをひた隠しにしていることを知っている。そして、ここぞという場面でいわば切り札をちらつかせるのだ。  莉音は、しぶしぶ席を立った。 「五分だけ抜けます。先輩、ぼっちが淋しくても泣かないでね」 「ピィピィ泣くかもよ、早く戻っておいで」  そう応じて華奢な肩をすぼめ、しょんぼりしてみせるのはお芝居にすぎないが、棘で覆われた鞭を振るわれたくらい罪悪感は半端ない。三神が勝ち誇ったように家庭科室を出て、莉音はすらりとした後ろ姿を睨みつけてから後につづいた。  向かった先はひとつ下のフロアの、そこの廊下の突き当たりだ。資料室とは名ばかりのガラクタ置き場に相前後してすべり込む。こちらにひと山、あちらにひと山と積んである段ボール箱を跨ぎ、入り口から見て死角になるスチール棚の陰で対峙した。  莉音は棚板に転がっていた指示棒でランニングシャツをつついた。 「余裕かまして練習サボって、地区予選敗退は決定みたいな?」  三神は走り高跳びの選手だ。 「ヌいて、すっきりしてから二メートルでも三メートルでも跳んでやるさ」  そう、うそぶいて壁ドンの形へ持っていく。  こめかみの両脇をかすめてスチール棚に、さしずめ遮断機が下りた状態で伸びる腕は熱い。ストッパーをかけるように、太腿の間にこじ入れられた足も熱い。  校章がワンポイントのネクタイが、ランニングシャツにこすれて忍びやかに歌う。しなやかな筋肉に(よろ)われた躰が発散する熱に煽られて、下腹がざわめいた瞬間、ふたりの間を流れる空気に別の要素が加わった。  秘密を守る見返り、という条件で結ばれた〝契約〟。それが効力を発揮するにふさわしい、お膳立てが整った。 「たっぷりサービスしてもらうか」  と、命令口調で開始を告げながらサポーターとひとまとめに短パンをずり下ろす。  莉音は後ろ手を組んで、そっぽを向いた。もっとも無駄な抵抗だ。逆らった罰とばかりに無理やり握らされて(いたずら)に嗜虐心を刺激するより、さくさくイカせるほうがマシだ。

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