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第28話

「イベントで着るでしょ、それで文化祭に出品するでしょ。一石二鳥だよねえ」 「そうそう、学校の備品は活用しなきゃ」  ちゃっかりしているというか、たくましいというか。莉音はたじたじとなっていつもの席に避難した。そしてリュックサックを下ろしたとたん噴き出した。  よりによって三神に根は正義の味方の役を割り振るなんて、知らないということは幸せなことだ、と思う。あいつは悪びれた色もなく弱みを握っていることを繰り返し匂わせる。応援に来い? 行くもんか。 「(たかむら)さまの科白が尊すぎて毎回、神回」 「うんうん、萌え祭り」 「最低、百回はきゅん死しなきゃファンの資格なしだよお」  などと笑いさざめくさまが心底、羨ましい。虚構の世界の人物に恋するぶんには思いが届く、届かないは問題じゃない。飽きがくるまでの賞味期限内は好きなだけ幸福感に酔いしれていられるのだから。  作業机の上に浴衣を載せた。告白劇につづいて三人組の襲来、とアクシデントが重なったせいで秀帆に見せそびれてしまった。計画では言葉巧みに羽織らせたのちに、おさおさ怠りなく撮影におよんで、お宝画像の充実を図るはずだったのがパアだ。  布を裁つにつれて三人組のボルテージはあがる一方だ。日ごろがクラシック音楽のコンサートホールなら、今日はロックフェスの会場くらいの差がある。静やかな空間で秀帆とすごす、砂漠の水さながら貴重なひとときが台無しになって苛つく反面、傍若無人さに救われる。  気が散るおかげで、告られて満更でもなかったかもしれない、と猜疑心の虜になるのをからくも免れた。  莉音は糸切り鋏を握った。(おくみ)──浴衣の前身頃に縫いつけてある細長い布を切り離しはじめたとたん、怒りがぶり返して糸切り鋏がすべった。  秀帆に平手打ちをみまった罪、万死に値する。  当の秀帆は斜向かいの席で、淡々とピースを縫い合わせていく。しなやかな指が生み出す色とりどりのハートはタペストリーの背景を飾る。ひるがえって彼の心は、恋という熱病につきものの震えを帯びることはないのだろうか。  と、秀帆が顔をあげた。柔和な笑みを浮かべて手許を覗き込んでくる。 「寄付を呼びかけたのに提供してくれたものだよね、彼岸花の柄が洒落てて、ほどくのがもったいないな」  ですよね、と応じると記憶をたぐるように眼鏡のかけぐあいを調節する。ややあって指を三本立てると、一本ずつ折っていきながら言葉を継いだ。 「彼岸花の花詞(はなことば)は確か……あきらめ、哀しい思い出、思うはあなたひとり」  使い古されているが、ドラマティックな効果を狙った演出に欠かせない、例のあれだ。重大な秘密が明かされるような場面では、必ずと言っていいほど雷鳴が轟く。

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