27 / 116

第27話

 莉音と秀帆は、どちらからともなく歩きだした。小道を折り返し、中庭を経由して第二校舎に入る。さらに三階まで階段をのぼって、と道々おしゃべりするのにうってつけのコースだ。だが深掘りするのはためらわれる出来事があったあとだけに、お互い黙りこくって歩を進めた。  莉音は穏やかな横顔に、声にならない声で呼びかけた。もしも生殺しの現状に堪りかねて告った場合でも、ばっさり斬り捨てておしまいですか? 「うちの部、だよね? やけに騒がしいね」  階段をのぼりつめたところで秀帆が首をかしげた。家庭科室の引き戸を開けると、にぎやかなわけだ。手芸部の通常モードといえば閑古鳥の天下に等しい。なのに今日はサボりの常習犯のわりに、たまに部活に出てきたときはキャアキャアさえずりどおし、という女子の三人組が顔をそろえている。  ちなみに莉音の同級生で、相原翼および矢部愛美、ならびに原田みことだ。 「部長、浅倉くん、ヤッホー」  三人組が物差しやら、布地に印をつけるために用いるチャコペンやら、糸巻やらをにこやかに振るのに対して、 「なんだか久しぶりだね、元気そうでうれしいよ。これは、ちょっぴり嫌みね」  秀帆は形ばかりの出欠簿の、三人組の名前の欄に丸を書き込んだ。  莉音は彼女たちのペースに巻き込まれないうちに、と定位置の窓際の作業机へそそくさと向かった。その途中、別の作業机に視線が吸い寄せられた。開きっぱなしのスケッチブックに、旧帝国陸軍の軍服風の上下をまとった青年が、麗しいタッチで描かれている。  三人組が符牒をちりばめた会話で盛りあがりながら、布地に型紙を当てたり待ち針を打ったりチャコペンで線を引いたり、と大わらわなのは、この絵が関係しているらしい。 「誰が描いたの、上手いね」 「三人の意見を総合して、あたしが。型紙を起こしたのは」  相原がまず自分の胸元を物差しでつつき、次いで矢部に向けてひと振りする。つまり三人組は軍服風のひとそろいを仕立てるべく奮闘中なのだ。 「現実の男子じゃ、ぜーったい着こなせない! っていうか着ることじたい冒瀆だけど、うちのクラスから敢えてモデルを選ぶなら三神くんがギリ合格点かも。悪党ぶってて、根は正義の味方にぴったりのビジュアルだし」  原田がスケッチブックを掲げてみせると、言えてる、と残りのふたりがハモってけたたましく笑う。 「えっと、完成するよね。で、使い道は決まってるの」  莉音は、母親の「十匹ひとパックで二百円のイワシは掘り出し物よね」につき合うノリで質問を重ねた。  すると、よくぞ訊いてくれました、だ。三人組曰く、夏休みに大規模なアニメイベントが開催される運びで、それにコスプレで参加するための準備に余念がないのだ。衣装の出来栄えは推しキャラへの愛情の度合いに比例するとのこと。なるほど、気合が入るのもうなずける。

ともだちにシェアしよう!