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第1話
湿気を帯びた風が頬を撫でた。
微かに雨の匂いもする。
家から出た時は、雲一つない青空だったのに…。
あれ…。何か忘れてる気がする。
記憶が混濁しているのか、靄 が掛かったようにはっきり思い出せない。
微睡 みの中で感じる土の泥臭さと草の青臭さ。
そして、いつもより鮮明に風が吹く音が聴こえる。
人気の無いとても静かな場所…。
ん?…ちょっと待てよ?
何でこんなに静かなんだ?
少し身体を動かしたら、軋むように節々が痛んだ。
そういえば、車とぶつかったような…って事は、 僕死んじゃったの?!
まさかここは天国??
20××年4月×日
赤羽 小豆 死亡?!
車にぶつかったって事は、僕の死因は事故死?
…あれ?なんだか思い出してきたかも…。
確か学校に行く途中だった。
何かを見つけて追い掛けたんだよな…?
……あっ!仔犬だ!!
そうだ!あの時仔犬が車道に飛び出して行くのを見たんだ。
もしかして…あの仔犬も……。
この場所に居ない事を祈り、探しに行こうと立ち上がった。
ぅん?立ち上がってる…よね?
いやいや…地面と顔の距離感!
それに何だよ!この体勢…なぜに四つん這い?
恥ずかし過ぎる体勢に顔を伏せた時、毛むくじゃらの丸っこい動物の足が見えた。
えっ、これって僕の手?…何この手?!
困惑しながらも掌を見ると、ピンク色のぷにゅっとした肉球もあった。
もしやと思い顔を触ると、ふさふさとした毛が顔を覆っていた。それに小さめの耳も付いていた…。
あまりに衝撃的な出来事に頭がついて行かない…。
仔犬を探すっていうより…僕がその仔犬じゃないか?
じゃあ、僕の身体はどこにあるの…。
…もしかして、僕が仔犬の身体なら、あの仔犬も僕の身体に入れ替わってるって事?
最悪、遺体になってない事を祈るばかりだ。
頭を抱え込み悩んでいると、冷たい雨が降ってきた。
仔犬の身体が雨に濡れるのはあっという間で、どんどん小さな身体を冷やしていく。
寒さに堪え雨宿り出来そうな場所を探して必死に歩いた。
それにしてもここは何処なんだろう?
見慣れない景色が広がっている。
どのくらい歩いたのか綺麗な家が沢山建ち並ぶ住宅街に入っていた。
だけど…どの家にも門と庭があって、雨宿り出来そうな家はその奥…。
身を切る寒さに意識が遠くなるのを感じた。
ガサガサ…
ビニール袋の擦れる音がして、冷え切った僕の身体に触れる誰かの暖かい手…。
「……?………。」
何か声を掛けてくれてる…。
でも応える事もままならない寒さに、ブルブルと震え身体を丸めた。
どのくらい丸まって居たのか。
そっと柔らかなタオルに包まれて、暖かい腕の中に抱きかかえられた。
その人は、とても安心する匂いがした。
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