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第2話
オリジナルストーリーで作られた映画は、本編と違いつつも面白かった。何よりキャラが大画面を動き回り、ケガした仲間のために戦っていた主人公が覚醒するシーンも圧巻だった。場内のあちこちで鼻をすする音が聞こえていたくらいだ。
明るくなってから日辻を見ると目を赤くしていた。「泣いた?」の一言に現実に引き戻されたのか、腕で目をこすっている。
「あくびっす!」
「そっか」
通路までの席にいた他の客は三々五々帰っている。待ちきれないようにソワソワしている日辻を見て、また腹の底がチリっと熱くなる。
ようやくロビーに出て「なあ、なんか食べてくか?」と声を掛けると、パッと目が合った。しまった!とでも言いたげに顔をそむけた日辻は、小さな声で「アリガトウゴザイマシタコノゴオンハワスレマセンソレデハホンジツハコレニテマタガッコウデ」とかぶつぶつ言ってあらぬ方向に早足で向かっている。他の客がエレベーターに乗り込むのを余所に、防火扉を開いて非常階段に進んで行く。慌てて追いかけた。背後でズンっと重い扉が閉まり妙な静けさに掴まれた。軽やかに階段を駆け下りる日辻を追いかけ、踊り場で腕をつかんで止めた。
「おい! ダチ以外と一緒に映画行くの初めてだから分かんねーけどな、終わってさっさ逃げようとするのさすがにないだろ?」
思いがけなくどすが利いてしまった声に、日辻が目を見開いた。
「あー、悪ぃ。怖がらせるつもりはない、けど……」なんでこんなにいらいらしてるんだろう。
「え……まじで初めて、なんすか?」
「は?」
斜め上からか下からか分からない質問に毒気を抜かれる。そうなんだ、こいつはいつもこんな感じで、追いかければ逃げるし、かと思ったら映画について来るくせに終わったら逃げようとする。
「そうだよ、悪いか?」
イラつきを爆発させないように、一度息を吐いてから答えた。俺は質問には答える主義だ。
好意を寄せられたことがないわけじゃない。けれどどれも、「実は好きだったの」「見た目と違って優しかったんだね、もっと早くに気づけばよかった」「彼氏がいなかったら付き合ってほしかった」と彼氏持ちに言われてばかり。
そんな俺の前で眉を寄せて唇を強く合わせている。まるで笑ってしまいそうになるのを我慢してるみたいに。いや、すでに突き出した唇の両端が上がってる。
「なんかわかんないけど安心した」
「日辻さ、映画に喜んでついてきたと思えばそんな風に逃げようとして、さすがに傷つくんだけど。実は俺のこと嫌いで、狙ってやってんの?」
カッ!っと日辻が目をみはった。頭一つ背が低い分背伸びするみたいに見上げている。
「んなわけない! 好き……好きだよ、先輩のこと」
最初の勢いはどこへやら、語尾がだんだん弱くなり視線がずるずると落ちてゆく。苦虫をかみつぶしたような顔で忌々しそうに突き出した唇も、丸く盛り上がった頬も赤く染まっている。
「先輩を好きすぎて、ちょっと、マジで同じ空間にいるの無理だってのに、ほんと無理、何考えてんの。さっきもずっと『吉田、吉田、これは吉田、先輩の皮をかぶった吉田』って自分に言い聞かせてたけど、視界に入るたびに先輩だし、匂いも、背がでかいところも、ラストシーンで笑ってるのも先輩だし。顔も、視界に入ってくるその手も、かっこいいし。だからさっさと帰ろうかと…」
あれはそんなことを言っていたのか。聞いてるこっちが恥ずかしくなる言葉をはいている日辻の口は、ものすごく悔しそうにへの字になっている。
「ええと、好きなら何で帰ろうとするんだよ。それも逃げるみたいに」
「はぁ? 逃げてないし、そもそもはあんたが追っかけるから俺は逃げてたんだよ! それが、あんなことしたのに起こってないし、最近は追っかけてこないし、追っかけられてないのにこんなにドキドキするなんて、俺バカみたいじゃないですか!?」
「……お、うん。じゃあ、追っかけで欲しいのか?」
「は? バカですか? なんで俺が追いかけらんなきゃならないんだよ。あ、いや、追いかけられた方が落ち着くけど、近づかれるとそわそわして、なんかこう…胸が…一杯で」
耳まで赤くなって目を潤ませるこの後輩への俺の気持ちをなんと呼べばいい。腹の中に熱い塊がつっかえて息苦しい。
「そーゆーことで、あんまり近くに寄らないでください!」
踵を返し思いきり大股で離れようとする身体を反射的に両腕の中に閉じ込めた。「わ、え、あああああ、ちょっ、え」謎の声を出しながらパタパタと手足を動かすこの小動物感。痛くないように脇の下と肩の上で保定してぴったりと身体をつける。エアコンの空気が回ってこない非常階段にはぬるい空気が満ちている。もぞもぞしていた小動物は、諦めたのかやがて静かになった。さっきまで荒れていた俺の気持ちも、満たされたように落ち着いてきた。
うっすらと汗をまとった腕と腕が触れている。力強い鼓動がTシャツ越しに伝わっている、いや伝わってきている。
あー、そっか、こうすればよかったんだ。始めからこうやって捕まえてやれば良かったんだ。そう思ったのが多分運の尽きなんだろう。
「なあ……逃げんな、逃げずに付き合えよ」
「はひ? つ、つ、つ、付き合う?」
「あれだけ好きだ好きだって言っといて、そんなこともできないのか?」
「な、え、う、バカにすんな! よっゆうでお付き合いなんかできるっつーの! はいはい、末永くよろしくお願いしますですよ!」
余裕と言いつつ首の後ろまで真っ赤になっている。多分、俺も同じ。こいつが振り向いたらすぐにバレる。だからできるだけ軽く言ってみる。
「や、何考えてんのお前? 映画の後、飯くらい付き合えつってんだよ」
「あ、は? そんなのわかってますぅー。先輩こそ何勘違いしてんだか」
「まー、そっちがその気ならそれでもかまわねーけど」
「先輩が付き合えてっていったじゃん、じゃあどっちなんだよ!」
うっせえ、バーカ。腕の中で小刻みに身体が震えている。騒ぎながら笑ってるじゃないか。マジで余裕か。
なんにせよ、混乱極まるこのバカと俺のこれからに幸あれ。
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