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1.「死ね」と言われて

 痛くても、熱くても、ツラくて逃げ出したくても、誰にも助けてもらえなくても、僕が我慢してれば何にもなかった事になる。  未成年の言葉なんか誰も信じちゃくれない。  腕、腹、背中、太もも、ふくらはぎ……いたるところにある消えない痣は証明してくれているのに、「ママ」と「パパ」から受けた心の傷は目に見えないからって、みんな、それには一切興味が無くて。  いや、違うな。関わると面倒だから放っておくにかぎる、そんな感じだと思う。  実際は美談になんかならない。手を差し伸べようとする人は、必ず卑しい下心がある。  当時の僕は、誰かに助けてほしかった。  結果的に八歳で児童養護施設に入ることになって、痛いことも常に空腹であることもなくなったけれど、一度大きな穴が空いてしまった心は埋まらずにあれから十年の月日が流れた。  当たり前だったからって、誰も気付いてくれないのは寂しい。誰からも愛されないのは、とっても悲しい。  だから僕は、誰かに期待を持つという事を諦めた。傷付けられる事にも慣れた。  どんな罵声を浴びたって泣かないし、殴られても平気。  たまにかけられる、愛のこもらない言葉だけで生かされる。信じてなんかいないけど、その時だけでも必要とされていたかったから、嬉しいフリをした。  一時の愛情だけでも満足だった。  誰でもいい。そばにいてくれるなら。  僕にはそれだけで充分だって……思っていた。 「──冬季、てめぇウゼェんだよ! わざわざ言わなくても分かるだろ!」 「分かんないよ! 今までどこに行ってたんだよ!」  ……けれど少しずつ、いつの間にか僕は、貪欲になってしまっていたんだ。  丸一日連絡がつかなかった彼氏─亮─を待つ間、僕がどんなに不安だったか。何かあったんじゃないかって、どれだけ心配したか。  連絡を待ち焦がれて握っていたスマホは、床に落ちていた。深夜にOD(オーバードーズ)(薬の過剰摂取)してトイレで嘔吐いたあと気を失った僕は、玄関で力尽きていたからだ。 「はぁ、マジウゼェ……」 「ウゼェって……もうすぐ帰るってメッセくれてから二十三時間以上も経ってるんだよ!? 心配して当然だろ! どこで、誰と、何してたの!?」  気絶するように寝落ちて目を覚ましても、まだ亮は帰ってきていなかった。やけに夜が長いと思いきや、僕は十時間そこで寝ていただけだった。  暗闇の中、玄関の扉に背中をつけてジッと待っていると、ようやく帰宅した亮から発せられた第一声が「ウザ……」だ。  そんな言葉は慣れっこだから気にしない。  僕の気に触ったのは、もっと黒い、別のこと。 「女と浮気してたんだな!? そうなんだろ!?」 「だったら何だよ。また「死ぬ」って騒ぐ気か」 「なっ……」  もしかしてと思いつつ打ち消していた事が、派手なナリが定番の亮から香った甘ったるい匂いで発覚してしまっても、そのうえ蔑みの目で見下ろされても、これがたとえ初めてじゃなかったとしても、僕は頑として信じたくなかった。  裏切られて増えてく手首の傷は僕の心そのものだ。  感情が一度堰を切ると、僕自身にさえその止め方が分からない。  行く手を阻んで問い質す僕に、亮は呆れている。それから物凄くキレてもいる。  でも止められない。  僕に向けて言った薄くて甘い言葉に、他の誰かには〝愛を込めた〟なんて信じたくない。 「……っ、ヒドいよ! なんで僕にウソ吐いたの!? 裏切ったのはそっちじゃん! それなのにそんな態度……っ、許せないんだけど!」 「冬季が挿れさせてくんねーからだろ」 「それは……っ」  冷静でいなくちゃと頭では分かっていても、口をついて出るのは責める言葉ばかり。  彼氏とは名ばかりで、この男は一向に僕を見てくれない。  浮気して帰ってきといて、なんで平然としてられるのか僕には理解出来ない。

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