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3.名前の無い関係に4
◇
平日の商業施設内は、土日よりは少ないにしても人はまばらに行き交っている。
背が高くてイケメンなりっくんは、お客さんのみならずテナントの店員さんまでも虜にしながら、通路の真ん中を堂々と歩いていた。
ブラウンのロングコートに両手を突っ込んで、まさに初めて来ましたとばかりに物珍しそうにキョロキョロしているりっくんは、まさしく大人の男だ。しかもかなり色気ムンムンで、上質な男。
その隣を歩いてる僕は、りっくんいわく〝独特な服〟を着て、さらにはちょっとイタイ銀髪。りっくんとは二十センチくらい差があるから、さぞかしガキんちょに見えてるに違いない。
こんな僕らは、周りにはいったいどんな風に映ってるんだろう。
友達? にしては、毛色が違いすぎる。
親戚? にしては、距離感がよそよそしい。
兄弟? にしては、顔が全然似てない。
恋人? ……あるわけない。
僕の恋愛対象は同性だけど、さすがにりっくんをそんな目では見られないし。
既婚者だと気付いちゃった今(憶測だけど)、余計にその対象にはなり得ないし。
実際、僕らの関係に名前なんか無いもんな。
「──うわぁ、冬季くんが着ている服がいっぱいですね!」
いろんなお店が立ち並ぶ長い通路を、興味津々なりっくんは時々立ち止まって見ていた。
一時間くらいかけて目当ての店に辿り着くと、テンションが爆上がりしたりっくんからグイッと手を引っ張られる。
「僕のは一昨年に買ったやつだから、もうここには置いてないはずだよ」
「えっ? でもこれも、これも、……これも、冬季くんのと色違いに見えますが」
「あはは……っ、全然違うよ」
「えぇっ」
ここは地雷系の服ばかり取り扱ってる、そこそこ有名なお店。十七になってすぐ、僕の初めての彼氏がこの店を教えてくれて、ご機嫌取りに今着てる服を買ってくれた。
シャツ一つ買うにもいい値段するから無職の僕にはとても手が出ないけど、デザインとか着心地はかなり好きなんだ。
「気に入るもの、ありますか?」
「んー……」
白、紫、黒がメインカラーのダーク寄りな店内を、完全に場違いなりっくんと一緒に少し回ってみる。
どうしても値札に目が行って、りっくんの口振りから買ってくれるつもりだと分かっても気に入るものを絞るに至れない。
商品に触っては止めを繰り返してると、りっくんはいよいよ業を煮やした。
「無ければ別のところに行きましょう。もし遠慮しているのなら、俺が選びます」
「うん、……その方がいいかも……」
「分かった、まかせて。……あ、お兄さん。この子に合いそうなものを五パターンくらい持ってきてもらえませんか? 上から下まで一式。お願いします」
「はい! かしこまりました!」
そばに居たお洒落な店員さんを捕まえてそう指示したりっくんは、試着室で僕を着せ替え人形にしたあと、サイズだけ確かめるやそれら全部をレジに持って行った。
僕が唯一の一張羅を着直してる合間に、だ。
さらに店のロゴが印字された黒い紙袋を三つ持ったりっくんは、荷物持ちまで買って出た。
上客を恭しく見送りする店員さんに「また近々来ます」なんてことも言っていて、僕は唖然とするしかなかった。
「ちょっ……ちょっと待って、りっくん。なんで五パターン全部買っちゃうかな。僕一着あれば充分なんだけど……!」
「洋服は数があればあるだけいいんです。そもそも、冬季くんが遠慮するからこんな事になりました」
「僕のせい!?」
「ふふっ、そうです」
なんで僕のせいなんだよ……。
そりゃ嬉しいよ? 嬉しいけど……こんなにたくさん……。
遠慮するなって方がおかしくない?
「りっくん、……」
「はい? 苦情は受け付けませんよ?」
「苦情なんて言うわけないよ!」
買ってもらったあとでそんなことを言ったって、りっくんは絶対に喜ばない。
僕が値段にビビって気に入るものを選べず遠慮したから、こうなった。りっくんの軽口は、僕の申し訳ない気持ちを消すためだって分かってる。
似合わない紙袋を手にクスクス笑うりっくんは、〝僕のせい〟で散財する羽目になったんだから……ちゃんと言わなきゃ。
「その……っ、あ、ありがとう……」
「いいえ、どういたしまして。毎月新作が発売されるそうじゃないですか。また来月も来ましょうね」
「え!? 来月、……っ?」
りっくんの隣に並んだ僕は、新作云々よりも衝撃的だったセリフに思わず通路のど真ん中で立ち止まった。
──僕、来月も居ていいの。
ニートまっしぐらにならない?
そうなったらりっくん、嫌になるんじゃない?
僕に構ってるのめんどくさいって……思っちゃうんじゃない?
経験上、二週間が限度だった。みんな。
パパとママも、僕の存在が嫌で嫌でしょうがないって顔に書いてた。
りっくんも少し経ったら、今までの人達と同じ目をして僕を見るのかな。
……嫌だな。りっくんから「出て行け」って言葉、聞きたくないな……。
「あぁ、そうだ。とても今さらなんですけど、俺冬季くんの電話番号を知りません。教えてもらえませんか?」
「…………っ」
僕が立ち止まってる事に気付いたりっくんは、わざわざ戻ってきて「どうしました?」と顔を覗き込んでくる。
「というか、寝室にあった充電器で合いました? 冬季くんはすぐに遠慮するから、合っていなくて充電が切れてしまっても言えなかったんじゃないですか? 気が回らずにすみません」
スマホを取り出したりっくんに、僕は反射的に電話番号を伝えようとした。
でも、忘れてた。僕スマホ本体を持ってない。
亮の家に置いてきた、僕の少ない荷物。あれどうなってるんだろ。
すぐにバレるウソは吐きたくないから、番号を教えても意味が無いということだけを伝えるつもりで、正直に話した。
「いや僕、持ってなくて……」
「何をですか?」
「……スマホ。付き合ってた人のところに置いてきちゃってて。だから聞いても意味が無……」
「えぇっ!? なぜそれを早く言わないんですか! 行きますよ!」
りっくんは気持ちが昂ると声が大きくなるらしく、通り過ぎた人が振り返るほどの声量で僕を叱咤し、右手首をガシッと掴んできた。
一瞬、怒られてるのかと思って焦った。
ビクッと体が硬直しかけた直後、足早にどこかへ歩き出したりっくんに手を引かれた僕は、激しく狼狽える。
「ちょっ、どこに行くの!?」
「携帯ショップです! まったくもう、おかしいと思いましたよっ」
「いやいいって! そこまでしてくれなくても……っ」
「問答無用です!」
意気込んで歩き出したはいいものの、りっくんは多分ここに初めて来た。
遠慮する僕の手を握ったまま、ぐるぐる歩き回ってやっとの事でサービスセンターを探し当てたりっくんが、化粧の濃いお姉さんに施設内の携帯ショップの場所を聞いていた理由。
いちいち尋ねるまでもない目的。
帰る家がある人なのにそんなことまでしていいの? ってセリフが、喉まで出かかったのは内緒だ。
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