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6.疑惑は

─ 李一 ─ ◇ ◇ ◇ 『──お前が知りたいと言うから、わざわざ探し出してお前の母親の生前の写真を送ったんだろうが。なぜ受取拒否をする。変わっているな、お前は』 「俺は今さら知りたくはないと、何度も伝えていますよね? どうして分かっていただけないんですか……」  俺が啖呵を切って以来、父からの連絡がひっきりなしにくるようになった。とは言っても診療中は避ける辺り流石と言うべきか。  今日も診療後、十五分の残業時間を見越し俺が自宅に着いた頃を見計らって電話がかかってきた。必ず連絡がつくであろう時間を把握されているのは、かなり気味が悪い。  見張りでも居るのではないかと、警戒してしまう。 『明日そっちにブツが届くようにしておいた。次は確実に受け取れ』 「拒否します」 『……となると私直々にお前のところに向かわねばならんが、そんな面倒をかけさせる気なのか?』 「押し付けようとしているのはあなたでしょう? 俺は要らないと言っています」 『お前が要求したんだろ』 「要求などしていません! 勝手にあれこれ進めて事後報告なのは、非人道的だと言っているんです!」  弁護士を通せと何度言っても聞く耳を持たない頑固さは想像以上で、俺もつい感情的になって声が荒ぶってしまう。  冬季くんに断り、こうしてベッドルームにこもって憂鬱な通話をするのは何度目か知れない。そろそろ冬季くんも、度々席を立つ俺を訝しんでいるのではないかと思う。  そのため父とは、なるべく冬季くんの前では通話をしたくなかった。だが俺の空き時間はすべて冬季くんと共に過ごす癒しの時なのである。  そこへストレスの元凶が何かと理由をつけて連絡してくるので、俺の苛立ちも増幅されるのだ。 「……はぁ、分かりました。拒否はしませんから、こうして何度も連絡を寄越すのはもう勘弁してください。俺の中では終わった話なんです。あなたと話すことは何もありません」 『弁護士を通したって、お前はあれこれ言い訳を並べて逃げるつもりだろ』 「自宅も医院もバレているのに逃げるバカは居ません。あなたが弁護士を立てれば、俺もそうしますというだけの話。夕飯の途中ですので切りますね」  同じ話を長々としているだけで気分が悪くなる。リビングに残した冬季くんのことが気掛かりで、父からの通話を俺から終了させることにも抵抗が無くなった。  そもそも父からの通話に応じなければいい話なのだが、あまり避け続けても、腹を立てた父が自宅や医院に押しかけてくる可能性があった。母の写真を見つけたからと勝手に送り付け、それを受取拒否しただけで自らやって来ようとする人だ。  そうまでする父の真意がさっぱり読めない。  取り繕って常に怯えた態度だった以前より、臆さず語る現在の俺の方が話しやすいなどと急に歩み寄られ、非常に迷惑している。  父の病院で働く気はない、返せとうるさいものは何年かかろうがきっちり返す、現在の医院は絶対に畳まない──これらは何度説得じみたことを言われようと、俺の意思は変わらないというのに本当にしつこく、面倒な事この上ない。  おかげで最近はまったく医院に帰れていない。〝飲みたい気分〟が毎日続いていて、冬季くんの膝枕で寝落ちるという生活も、今日で五日目を迎えそうである。 「── 近頃慌ただしくてすみません、冬季くん。何事だと思っているでしょう?」  ベッドルームを出ると、俺の気分を察した冬季くんが冷蔵庫の前で立ち竦んでいた。そしておもむろに缶ビールを取り出すと、問いの返事だと言わんばかりにニコッと笑って差し出してくれる。 「そりゃあまぁ……。どうしたんだろって気にはなるけど、りっくんが話したくなったらでいいよ」 「冬季くん……」  この調子で、俺は十も下の青年に励まされているばかりか、精神的な面でとても甘やかされている。  冬季くんがどんな一日を過ごしていたのかという、俺にとっては興味深い話題をつまみにビールを二本、立て続けに飲んだ。  俺の体内にじんわりと酔いが回ってくるのと、冬季くんがお弁当を平らげ心配そうな視線をビシビシ飛ばしてくるのは、ほぼ同じである。 「……俺の顔に何か付いてます?」 「え、あっ! ううん! 今日もハイスペ男子だなぁって!」 「またそれですか。俺のどこがハイスペックなのか、事細かく教えていただきたいんですが」  冬季くんは優しいから、こういう言い方をすると一生懸命「事細かく」の理由を探すだろう。  乾いた笑いを漏らす卑屈な俺を、冬季くんは買い被りすぎている。見た目や実家云々が基準となるなら、俺程度の男はきっとそんなに珍しくない。  毎日のように俺に〝ハイスペ男子〟と言う冬季くんは、おそらく良い意味でそれを使っているのかもしれないが、未成年の前で飲んだくれている時点で対象外となりそうなものだ。  いくらも考えて捻り出さなければ、俺みたいな脆弱者の良いところなんて見つからない。  だから俺は、軽い冗談のつもりだった。 「事細かくっていうのはよく分かんないけど……。りっくんはね、自分で気が付いてないかもしれないけどすっごく気が効く人なんだよ。大人の余裕ってやつがあって、僕がバカなことしたらちゃんと怒ってくれる優しい人」 「…………」 「遠巻きで見てたいタイプの近寄りがたいイケメンで、背もちょうどいい高さで、整ってるのにルーズ気味な髪型も僕は素敵だと思うし……ていうかとにかく外見はパーフェクトでしょ? 声も穏やか〜で眠たくなっちゃうし、笑顔なんて百点満点だよね。他の人の笑顔ってほら、ちょっと裏がありそうで怖いじゃん。でもりっくんは全然そんなことない。あと……」 「も、もう結構です! うん、……ありがとう」  まさかこんなに、酔いも醒めるほど褒めちぎってくれるとは思わなかった。  俺はどういう顔をしていたらいいか分からず両手で顔を覆ったのだが、冬季くんは隣で「えーまだ言えるのにー」と不満そうな声を上げている。  現金な俺は、〝まだ言えるの?〟と心がふわっと弾んだ。  本当はもっと聞きたかったけれど、あまり求めすぎると〝ウザい〟だの〝怖い〟だの中傷された苦い過去がよぎり、ここで止めておかねばと黙り込む。  ……が、どうしたってニヤついてしまう。

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