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6.疑惑は7

「……冬季?」 「え?」  ふいに呼ばれて振り返った僕は、声の主に驚いてドリンクを落としそうになった。  風貌に見合ったチャラチャラした今風のナリ。意地悪く片方だけ上がった唇についた輪っかのピアス。少し上の位置から、死んだ魚みたいに光の無い目で見下ろしてくる男を見て、僕はぶるっと身震いした。 「なっ……なんで……」  なんで、こんなところにいるの……?  絶句する僕が僕だと分かって近づいて来る男は、なんとこの世で今一番会いたくない男ナンバーワンの元カレ、亮だった。  土地勘がない僕は、ここが亮と住んでた家から近いかどうかも分からなくて、ただとにかく頭の中では〝なんで〟を繰り返していた。 「お前まだ生きてたんだ。目覚めが悪りぃから生きてるの確認できてよかったよ」 「…………」  一ヶ月前と同じ目で僕を見下ろす亮が、後退りを許さない。  怖いくらい冷めた笑いを向けられて、僕は嫌悪感しか抱けなかった。最近はあったかくて綺麗な笑顔ばかり見ていたから、気持ち悪いとさえ思った。  〝生きてて良かった〟なんてウソだ。絶対そんなこと思ってないくせに。何なら死んでてほしかったと思ってるでしょ。  こうしていつも気休めの言葉を並べられてた僕は、それをまんまと信じて亮に依存していった。この人しか見えない、僕にはこの人しか居ないと思い込んで裏切られ、何回も絶望を感じて切り傷ばかり増やした。  ただこんな風に僕が依存体質になったのは、亮が原因なわけじゃない。積み重なってきた色んなものがあるなかで、亮の「死ね」がトドメを刺した……それだけのこと。 「へぇ。次の男は飲んだくれなのか?」 「ち、違う!!」  僕が持ってるドリンクに視線を落とした亮が、不気味に薄ら笑う。カッと顔を熱くして怒ったせいで、亮のこのキモい笑い方を誘ってしまった。  だって……めちゃくちゃムカついたんだもん。  りっくんは飲んだくれでもなければ、〝次の男〟でもない。  何の見返りもなく僕を助けてくれている恩人だ。それなのに、何だかりっくんをバカにされたような気持ちになって頭に血が上った。  りっくんは、お前なんかより何十倍も何百倍も人間として優れてるし、大人だし、尊敬できるところしかない。……と、言ってやりたいけど言葉が出ない。  亮の視線は威圧的で、口調も高圧的だってことを僕は忘れていた。 「てかお前さ、生きてんなら荷物取りに来いよ。一応まだ取ってあるから」 「そ、そんなの捨てていい、のに……」 「は? だっる。なんで俺がンな面倒なことしなきゃなんねぇの。だるすぎ」  ……やだ。この目、嫌いだ。  これ以上逆らったら「ウザい」って言われる。  いやだ。いやだ。……怖い。  「消えろ」「死ね」って言わないで。  言うこと聞くから。手間はかけさせないから。  それにほんとは……あの荷物、捨てていいなんて思ってない。  でも取りに行くって考えが無かったんだよ。「死ね」って言われて衝動的に飛び出した僕が、どんな顔して行けるっていうの。  何回もトドメを刺されたくなかった。  りっくんからたくさん前向きな気持ちをもらえて、もう何もかも忘れていいのかなってやっと思えたところだったから……。 「と、……」 「あ? なんだよ。聞こえねぇっつの」  ひどくめんどくさそうな亮の視線とため息が、当時そのまま僕を萎縮させた。  亮の望む答えを言わないと、公衆の面前でも殴られるような気がして怖くなった僕には、YESの答えしか残っていなかった。 「と、と、取りに行く……」 「おぉ、早めに頼むわ。いま女と住んでて邪魔でしょうがねぇんだよ、お前の汚ねぇリュック」 「分かったってば。……明日行く、から」 「金はあんの? こっから電車で二駅だし住所は覚えてんだろ? あぁ、てか生きてんなら俺が渡した五千円も返せよな。あれは死ぬ死ぬ詐欺で強請られて渡したようなもんだし……っ」  僕を嘲笑うかのようなニヤけ面を見てられなくて、そっとドリンクを棚に戻した。そして「死ぬ死ぬ詐欺」「強請られた」という言葉にまたもやカッとイラ立った僕は、財布から五千円札を抜き取って亮に投げつけた。  その瞬間、「てめぇ……」と睨みつけられ恐怖を覚えた僕は、亮の脇をすり抜けて一目散にスーパーをあとにする。  追いかけてこないことを振り返って確認しながら、マンションまで夢中で走った。 「はぁ……っ、はぁ……っ、……最っ悪!」  エレベーターに乗ってようやく悪態を吐くと、ギュッと目を閉じて「最悪、最悪、最悪……」と何度も堰を切ったように呟いた。  亮は何にも変わってなかった。  マジでなんであんな男に依存してたんだろ。  僕を人として見てくれないうえに、バカにしたような口調と明らかに見下してるあの目。  フィルターが外れてしまった今、無駄な傷跡を残し続けた僕はたしかにバカだったなと思うけど。 「最悪……。リュック取りに行かなきゃじゃん……」  そう言ってしまった手前、行くしかない。  こんな別れ方したから、明日行ったとしてもその時こそぶん殴られるかもしれない。  でもあのリュックを〝捨てていい〟と口走った時、胸が一瞬痛くなった。  他の私物はどうでもいい。捨てられようが未練は無いんだ。  ただほんとに、あのリュックだけは……。

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