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6.疑惑は10

◇  思ってた反応とはまるで違ったから、僕もどうしていいか対応に困ってしまった。  とりあえず大興奮状態だったりっくんを落ち着かせて、亮と再会した経緯と内容を詳しく話して聞かせた。りっくんが「一言一句思い出して教えてください」なんて言うもんだから、たった五分くらいの短い再会シーンで良かったとしみじみ思いつつ。  事情聴取が終わった頃には、亮との最悪な再会がいつの間にかなんてことない記憶にすり替わっていたし、二日続けてりっくんが隣で寝てくれたし。  だから結果的には、洗いざらい話してホントに良かったと思ってる。りっくんには衝撃を与えてしまったけど、これで僕には隠すものが何もなくなってすごく気が楽になった。  昨日はお酒を飲まなかったのに、なんで帰らなかったのかは分からないけど、とにかく僕はりっくんのおかげで最悪な気分をまったく引きずることなく今日を迎えられた。  別れ際、僕が完全に亮を煽っちゃってビビってたけど、どんな心境であっても〝荷物〟は取りに行かなきゃいけないからだ。  とはいえ、……。 「──ここですか」 「うん。このアパートの二階」 「へぇ……」  助手席側にある三階建てのアパートの前に車を停めたりっくんが、まるで張り込み刑事みたいに身を乗り出すようにしてその外観を眺めている。  ちょうどよくお昼からお休みだった今日、一部始終を知ったりっくんは僕について行くと言って聞かなかった。  あのおつりで五千円を返してしまったことを告げた時も、話の途中だったのに僕の財布に新たな一万円札を三枚補充したりっくんは、ちょっと僕に甘すぎると思う。 「本当に一人で出向くつもりですか」 「そりゃあね。荷物受け取ってくるだけだし」 「ご在宅かどうか分かりませんよ」 「その方が都合がいいよ。あの人普段からカギかけないもん。僕が居るときは締めてたけどね」 「……勝手に入ったら不法侵入になります」 「大丈夫だよ。僕の物を取りに行くんだから」 「しかしですね……」  僕が車のドアを開けようとする度に、心配性なりっくんから肩に手を置かれて引き止められる。  どうやら〝僕が一人で行く〟というのがネックらしい。  このままじゃなかなか車から降りられないと、僕はりっくんにあるお願いをしてみた。 「あの……りっくん、そんなに心配なら階段のとこで待っててくれると嬉しいな」 「か、階段のところとは……!」  亮が高圧的だという情報を教えてしまったがために、何かあったらと心配でしょうがない様子のりっくんに「隠れて見ていてほしい」と伝えた。  りっくんはすかさずその場でエンジンを切り、ダッシュボードから何かのプレートを取り出すと、それを運転席の前に置いて「行きましょう!」と意気込んだ。  車停めっぱなしでいいの、と思いながら、僕はりっくんと二人でコンクリートの階段を上った。  まさかまたここに来るとは思わなかったな……。しかもりっくんと。 「いいですか、何かあったらすぐに大声を出して教えてください。飛んで行きます」 「うん、分かった」  頷いた僕は、二階の奥から二番目の扉の前に立った。振り返ると、隠れる気の無いりっくんが踊り場で待っていてくれている。  一緒に出向くのはよくないからな。  りっくんを見た瞬間、亮は絶対に「次の男」発言して揶揄ってくる。ノンケのりっくんがゲイ扱いされるのはちょっと許せないもん。  同性愛に偏見は無いみたいだけど、僕の彼氏と勘違いされるなんてさすがのりっくんもいい気はしないだろうし。 「ふぅ……」  扉の前に立つと、ここでの暗い思い出が蘇ってくる。憂鬱だ。  このアパートの住所は、一ヶ月経った今でも忘れることなく覚えていた。土地勘が無かった僕が出かけても迷子にならないように、住所を覚え込まされたから。  新築とはいかないけど、ここはそれなりに綺麗で今風のアパートなのに良いイメージが少しも無い。  駅までは少し遠いけどバス停がすぐ近くにあるし、徒歩五分圏内にコンビニとドラッグストアがあって便利も良かった。  まぁ僕はほとんど家から出ない引きこもりだったんだけど。 「……リュック受け取るだけ、リュック受け取るだけ……」  りっくんが遠くから心配そうな視線を送ってくる。早くしないと、「俺が行きます」とか言って亮の家に乗り込んじゃいそうだ。  そんなことはさせられない。それじゃ、りっくんをあそこで待たせてる意味が無い。  めいっぱい躊躇したあと、僕は勇気を出して扉をノックした。  居ませんように。  居ませんように。  心の中でたくさん念じた甲斐なく、扉の向こうから足音が聞こえた。その瞬間、〝最悪な気分〟がぶり返す。 「どのツラ下げて来るのかと思ったら普通に来たじゃん」  ガチャッと開かれた扉から、上下灰色のくたびれたスウェットを着てニヤついた亮が顔を出した。  ホントにヤな笑顔だ。 「……荷物、取りに来た」 「中入れよ」 「い、いや、僕はここで待ってる」 「は? 俺に取って来いって?」 「う、うん、お願い……」  中になんて入れるわけないじゃん。  彼女と同棲してるって言ってたでしょ。鉢合わせして気まずいのは僕だけなんだから、そういうとこ気にしてよ。  って、亮にデリカシーを求めたって無駄だよね。  リュックを取って来てほしいって言っただけで不機嫌になって、途端に口調が喧嘩腰になる人なんだから。 「マジだるいって。入れっつったら入れよ」 「や、やだよっ。彼女いるんでしょ」 「仕事行ってっからだいじょーぶ。せっかく来たんだしちょっと遊ぼうぜ? なっ、冬季クン?」 「ちょっ、やだってば!」  気持ち悪い笑みを浮かべた亮から、ガシッと腕を掴まれて逃げられなくなってしまった。  遊ぼうぜ、なっ? じゃないよ。  亮の遊びってそういうコトでしょ。  ムリ。絶対ムリ。  僕はもう真っ当なんだ。  そう簡単に男の前で裸になるもんか! 「離してよ! もうリュックは要らない! 帰る! お願いだから離して!」 「うっさ。お前大袈裟なんだよ。黙れ」  威勢だけはいい非力な僕は、あと一歩で家の中に引きずり込まれそうになっていた。  最悪の状況に涙目になりながら、必死で足を踏ん張って階段の方を向く。  りっくん、助けて……っ。  そう願うより早く、ハイスぺイケメンはすでにすぐそこまで迫っていた。  昨日のお説教モードの時より、もっともっと怖い顔をして──。 「その手を離しなさい」

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