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7.真実と共に2

 そうだとしたら、とても複雑だ。  あれだけ俺のことを褒めちぎっておいて恋愛対象にはならない……つまり俺はマッチ棒男ほどは魅力が無いということ。  とすると、冬季くんと俺は本当に友人止まりではないか。  ……あ、いやいや……何を考えているんだ。  俺は別に冬季くんと付き合いたいわけではない。  ただ、少しばかり長いスパンで、命の恩人である冬季くんの自立をサポート出来たらいい……そう考えているだけの〝物好きなお兄さん〟だ。  だとすると、あのコンビニの店長へ直々に電話を掛け面接を阻止したのはどういう事なんだ。  自立するチャンスを奪う行為ではないのか?  今さらながら分からない。俺はなぜ、苛立ちに任せあんなことをしたのだろう。 「りっくん、……ごめん……なさい……」  そう言って袖口を引っ張られ、俺は冬季くんのつむじを再度見下ろした。  何についての謝罪なのかは不明だが、見上げてきた冬季くんの目を見て強く思ったことがある。  ──これ以上〝元カレ〟と接してほしくない。  おもむろにポケットからキーケースを取り出すと、それを素早く冬季くんの左手に握らせた。 「はい、これ車のカギです。ここを押せば開きます。冬季くんは先に車に乗っていてください」 「で、でも……っ」 「早く」 「…………っ」  不衛生なマッチ棒男が戻る前に、俺は冬季くんの華奢な背中を押して退避させた。  駆けていく後ろ姿を目で追い、姿が見えなくなってからは音を頼りに冬季くんが車に乗り込むまでを耳で確認する。  戻ってきた彼が、また俺には理解できない隠語を使って冬季くんを傷付けることを避けたかった。  まぁ一番は……先述の通りだ。 「あったあったー……っと。あれ、冬季クンは?」 「荷物は? あぁ、それですか」  何に手間取っていたのか、俺と冬季くんを何分も待たせておいて男が持ってきたのは、小さな子ども用と思しき黄色いリュックサック一つだけだった。  受け取ってみたものの、本当にこれが「取りに行けるものなら行きたい」というほどのものなのか、俺には分からなかった。  男をジッと睨み、『デタラメな品を俺に寄越したのだとしたら後が酷いですよ』と念を送る。 「……なんだよ。文句あんのか」  見つめると、俺の悪感情だけが伝わったらしい。  様々な文句は喉まで出かかっていたが、「いいえ」と否定した後、俺はひとまずリュックサックをくるりと回転させて冬季くんの物である証拠を探した。  ……あ、小さくだけど名前が書いてある。〝かみやま ふゆき〟……これは間違いなく冬季くんの物だ。  ひらがなで書かれたそれは案外すんなりと見つかり、男がデタラメの品で俺を揶揄していないことが証明された。  黄色いリュックサックは薄汚れており、右肩の肩紐など破れて外れかかっている状態で、お世辞にも綺麗な品だとは言えないが……消えかけたひらがなで書かれた名前が、何とも月日を感じさせる。  これが冬季くんにとって思い出の品であることは、誰の目にも明らかだ。  そうか……冬季くんはこれを、取りに行けるものなら行きたいと言っていたのか……。 「ンだよ! 文句あんならハッキリ言えよ!」  黙った俺に、男が一人でヒートアップし始めた。  胸ぐらを掴まれかけたがスッと右足を引いて避け、「文句なんてめっそうもない」と笑って見せた。  冬季くんのいじらしさ、いたいけなところに今日もなお感動していたのだから、邪魔をしてくれるなと言いたかった。  可愛いじゃないか。  誰からの贈り物だか分からないけれど、これはおそらく幼少期のツラかった時期に貰った物で、小さな冬季くんはとても嬉しかったのだろう。  今日までこうして大事にしていたことがいじらしい。  もはや手元に戻ることを諦めていたかもしれない思い出の品を、「取りに行きたい」と譲らなかったいたいけな気持ちが本当に健気だ。  〝元カレ〟の存在は腹立たしいが、冬季くんの大切な品を捨てずにまだ持っていてくれた彼にも感謝したい。  さらに元を辿れば、この男が冬季くんを追い詰めなければ、俺と冬季くんが出会うことはなかったのだ。  いけ好かない思いでいっぱいだったけれど、冬季くんの大切な思い出の品を手にした俺は今、菩薩のような広い心で〝元カレ〟と対峙できる。 「最後に、あなたにお礼を言わせてください」 「……は?」  リュックサックを抱きしめ、藪から棒に切り出す。車で待っている冬季くんのために、俺は早口で言い募った。 「これを捨てないでいてくれて、ありがとうございます」 「い、いや別に俺は……」  人は感謝の言葉を述べられると、どんな状況下、心理状態においても悪い気はしないと表情で表してくる。  そこで俺は、畳み掛けた。 「もう一つ。冬季くんにトドメを刺してくれて、ありがとうございます」 「トドメ? 何の話?」 「あなたが「死ね」と言わなければ、俺は冬季くんとは出会えませんでした。彼の依存体質をより強固にもしてくださったようですし、感謝してもしきれないですよ。ふふっ……」  言い始めると勝手に口が動き、本心を顕にしてしまった。  あぁ、そういうことだったのかと、俺自身が納得に至ると自然と笑いまで込み上げてくる。  男の前でクスクス笑いが止められないでいると、とても失礼なことを言われた。 「……お前おかしいんじゃねぇの?」 「え? そうですか? 俺のプライオリティが冬季くんであることを気付かせてくれたので、とても機嫌が良いだけですよ」  モヤモヤと心を渦巻いていた不確かな疑惑が、スッキリ晴れたのだ。  自己完結した俺を呆然と見つめていた男には、何が何だか分からなかっただろうがそれでいい。  〝元カレ〟に伝えるべきは感謝と嫌味のみで、俺が見出した冬季くんとのこれからを教える義理は無い。 「汚らしい身なりの〝元カレ〟さんにお会いできて光栄でした。冬季くんのことはご心配なく。それでは。……ふふっ」  笑いながら立ち去った俺は、客観的に見るとさぞかし不気味だったろうと自分でも思う。  背後で「怖ッ。なんだアイツ」と俺に聞こえるよう吐き捨てた彼に手を振って退散したことで、より不気味さが増したかもしれない。

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