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7.真実と共に9

「午後の診療に行ってきますね」  足音がして慌ててベッドに戻って寝たフリをした僕に、りっくんが優しくそう声をかけて出て行った。  ガチャン、と扉が閉まる音がしたのと同時に、張り詰めていた緊張が解ける。 「もう……ヤダよ……」  こんな自分がすごくイヤ。  りっくんが悪いわけじゃないのに。  〝お母さん〟が〝ママ〟だったとしても、りっくんには関係ないことなのに。  なんでこんな気持ちになるの……。  なんで……りっくんの顔を見てられないと思うの……。 「なんで……っ」  なんでママがりっくんのお母さんなの?  受け止められない。  信じられない。  信じたくないから、いっそ聞いてしまえば早いのに……弱虫な僕はそれも出来ない。  りっくんだって可哀想だ。  やっと打ち明けてくれたりっくんの過去も、僕は相槌を打つことしかできないくらい暗いものだった。  「冬季くんの壮絶さに比べれば大したことはない」そう言って苦笑いを浮かべながら、何回も紅茶をおかわりして、ほんとに少しずつ話してくれた。  りっくんは、お父さんの愛人だったお母さんに置いてけぼりにされた。  それが原因なのか分からないけど、お父さんから冷たくあたられて、大きくなってもそれが続いていて、どんどん卑屈になっていったんだと肩を落としていた。  僕が見つけた、数字がたくさん書いてあった書類……あれもお父さんに突き付けられたものだって言ってた。それについて詳しいことは話さなかったりっくんだけど、たぶん僕には分からないようなすごく言いにくいことが書いてあるんだ。  歯医者さんだなんて、とっても立派な職業じゃん。亮がりっくんの姿を見て「リッチな男」って言ってたの、あながち間違いじゃなかったってことだし。  すごいなって……僕は思うけどな。  血のつながったお父さんからは冷たくされて、継母からも嫌味を言われ続けて、それでもお医者さんになってるんだから。 「僕とおんなじだ……」  僕はりっくんみたいに立派な大人にはなれてない。  歯を食いしばって、反発心を抱いてたりっくんほど強くもない。  でも、境遇はすごく似てる。  優しくないお父さん。  冷たいお母さんは血が繋がってない。  一つ違うのは、小さかった僕は救い出してもらえたけど、りっくんはずっと耐えてたんだ。  広くて大きいお家は、北風が吹いてるみたいに寒く感じるから帰りたくないって言うほど。 「りっくんも……お母さんが恋しかった、よね……」  僕が〝ママ〟に抱きしめてもらいたかったように、我が子を抱いてる継母を見ていたりっくんも〝お母さん〟に会いたくてたまらなかったはずだ。  だけどそのお母さんは、僕を叩いたり蹴ったり投げ飛ばしたり、髪の毛がごっそり抜けるくらい強い力で引っ張って笑ったり、泣いてる子どもにタバコの火を押し当てるような人だったよ。  すごく綺麗な人だったのは間違いない。  もしほんとにりっくんの〝お母さん〟だとしたら、何の違和感も無く納得出来ちゃうくらい美人な女性だった。  感情の起伏が激しくさえなかったら、香水の匂いも消すほどのヘビースモーカーじゃなかったら、いつも笑顔でいてくれる人だったら……りっくんに伝えられるのに。 「こんなこと……」  でも、言えないよ。りっくんには絶対言えない。  無関心を装ってるけど、お母さんに会いたくない人なんて居ないと思う。  りっくんを置いてったのも、何か事情があるはずだと信じてる。きっとそう。 「い、いや……」  待って。  よく考えたら、もしも〝ママ〟がいいお母さんだったとしても、りっくんはそんなこと聞きたくないんじゃない……?  お母さんを恋しがる気持ちは変わらない。  僕にとってはあんまりいいママじゃなかったけど、りっくんが会いたいと思ってる〝お母さん〟と僕は……数年間一緒に過ごしてた。  どんな形であれ、ママと居たんだよ。  お家に居場所が無いって俯いて歩いてたりっくんが、心の奥底では会いたいと願ってただろう〝お母さん〟と──。 「言えるわけない……っ」  鮮明になった記憶の中の悲しい出来事。のっぺらぼうじゃなくなったママとパパ。  僕はりっくんが居ない間ずっと、ずっと、苦しい胸を押さえて考えていた。午後も三十分おきに鳴る通知音に、もっと心を締め付けられながら……りっくんのことを思った。  この事実を伝えてしまったら、僕はもう、本当の意味でここにはいられない……って。

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