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10.君のプライオリティ8※

 ── どうしたらいいの、とは……。  生温かくやわらかな感触残る唇が、ぽかんと薄く開く。  先ほど李一は、〝平然と隣で眠っていたと思わないでくれ〟、〝同じ男なら分かるだろう〟などと偉そうに言い放ってしまった。  気持ちを確かめ合ったからと、李一はそう簡単に不埒な真似をするつもりはなかったのだ。  ただ知っておいてほしいと思った。  性別の垣根は、冬季の裸体を想像することで難無く越えた。何度それで自身を宥めようとしたか分からないほど、興奮した。  矢継ぎ早に吐露した冬季の過去への嫉妬も、すぐ後に〝情けないことを言ってしまった〟と僅かに後悔したが、今でなくとも後々吐露することになるならいいかと開き直った。 「りっくん、……僕トイレ……」  呆けた李一の下で、顔を背けた冬季が明らかにモジモジしている。  密着を避けるため体を浮かせている李一の下半身を直撃した、とろけるように甘い数分間で冬季のそれも〝勃っちゃった〟らしい。 「……催したんですか?」 「ち、違……っ」  小さな声で「離れてほしい」と言われたが、いくら冬季のお願いとはいえそれは聞けない。力無く首を振る冬季の意図を分かっていながら、李一は彼を組み敷いたままジッと動かなかった。  やけに初々しい反応をしてくれたキスの時もそうだが、冬季からは一切の拒絶心を感じない。当然のように言い募った李一の独占欲にも、冬季は瞳を潤ませてプルプルと震えていた。  遠慮なく冬季に触れられる喜びから、事あるごとに断りも無く勝手に抱きしめてしまう李一の想いを、冬季はきちんと受け止めてくれている。 「では……触ってもいいですか」 「えっ?」  とはいえ、さすがにこれは確認を取った。  一瞬たじろいでしまったが、女性としか交際経験の無い李一に冬季は不安を感じているようなので、これは突如としてやってきた据え膳だと思うようにした。 「〝勃っちゃった〟のは俺の責任です。俺が収めるのは当然かと」 「い、いやいやいや、でも……っ! あっ、ちょっ……りっくん!?」  中性的な冬季によく似合うボア素材のパジャマの上から、腹をそろりと撫でた。  ふわふわの感触の下に、冬季の薄そうな体がある。少食な彼は痩せ過ぎのような気もするが、毎夜抱きしめていた際に具体的なイメージトレーニングを積んだ李一には、彼そのものが興奮材料だ。  冬季の躊躇いの声すら下半身にくる。  まさにこれから他人の男性器に触れようとしているというのに、李一は薄っすらと笑みまで浮かべていた。 「俺が君に興奮しないかもしれないとか、君の裸を見て無理かもしれないとか、そんなのは杞憂に過ぎないことを教えてあげますよ」 「いや、でもね、りっくん! いきなりは……っ!」 「いきなりじゃないですよ。冬季くんはとっくに、全裸になって何度も俺を誘っていました。……想像ですけど」 「現実だよ、りっくん! 現実! 想像とは違っ……あ、っ……」  腹を撫でていた手のひらを、じわじわと下方へ移動させてゆく。そして彼の宣言通り固くなった性器と思しきものに到達すると、まずはパジャマの上から撫で回してみた。  すると、ビクンと小さな体が揺れた。  李一はその時、〝あぁ、本当に男の子なんだ〟という当たり前の感想を抱き、直後〝背徳没倫〟なる四字熟語が脳裏をよぎった。 「部屋の電気は点けないでおきます。最大限の譲歩です。……あぁ、ビクビク動いてる……元気ですね」  据え膳に違いないが、きっと尋常でないほど顔を赤らめている冬季よりも、李一の方がよっぽど興奮している。それは間違いない。 「……っ、りっくん!」  我慢できず、冬季の許可も取らぬまま下着の中に手を入れてしまった。  温かく湿った感触は同じだが、自身のものとは形や大きさが随分違うと李一は思った。  冬季の体格であれば相応なのだろう。暗闇ゆえそれを直接拝めないのが残念だったけれど、包み込むようにして握るとさらに興奮は増した。 「あっ、りっくん……っ」  何度も切なく名前を呼ばれると、どうしても嬌声にしか聞こえなくなってきた。  冬季の性器に触れている李一の手首を、弱々しく握られてふと思う。  冬季は、まさかこのままの流れで犯されてしまうのではないかと、恐怖を感じていやしないだろうか。 「……冬季くん、心配しなくても〝いきなり〟コトに及んだりしません。冬季くんの可愛いこれを治めるだけ。今日は、ですが」  本来ならもう少し気持ちを高め合わせ、何も不安がる事などないと大人の余裕でムードを作り、舌を絡ませた熱いキスでとろけさせ、体を拓くつもりでいた。  順序立てて行わねば、李一の方が目一杯の状態になり格好がつかないからだ。  今すでに、冬季の昂りを直で握って己の欲を満たしている。  同性である冬季を気持ちよくするためにはどうすれば良いか、色々と考えていた計画が一つも実行出来ていない。  性器を握られている冬季が、抵抗らしい抵抗しないばかりか可愛く啼いているのである。 「んっ……りっく、ん……だめ……っ」 「何がダメなんですか」 「だ、って……だって、僕のなんて触っても、りっくんは……あっ!」 「余計なことは考えない。集中してください。それとも、俺は下手くそでしょうか。気持ちよくありませんか」 「い、あっ……そうじゃ、なくて……っ」 「自分のでないから加減が難しいですね」 「りっくん……っ! だめ、も……動かすの、やめ……っ! だめだって、ばぁぁ……っ!」  自身を扱くようにはうまく出来なかった。  だが李一の拙い手腕で、それほど昂ぶらせたとは言いがたい性器がトクトクと脈打った。彼が高く啼いたのとそれは同時だった。  先端から散った若い精液が、ふわふわのパジャマの腹部分に染みを作っている。李一の手のひらも、先走りの混じった精液が付着し濡れていた。  暗がりの中で薄っすらと見えた冬季の表情は、相変わらずそっぽを向いていて左半分しか窺えないが呼吸が荒いことだけは分かる。  李一は、濡れていない方の手で冬季を上向かせ、視線を合わせるよう無言で強要した。 「んっ」  触れるだけ、と自身に言い聞かせ、呼吸が整わないうちから冬季の唇を塞ぐ。  そんな李一の行動に驚いたのか、彼の瞳が戸惑いを表すようにゆらゆらと泳いだ。  見えているかは分からないが、李一は指先に付着した冬季の精液をこれみよがしに舐め取る。初めて口にしたそれは美味しいものではなかったけれど、これで冬季の不安を一掃出来るなら造作も無い。 「り、りっくん……」 「俺が君に対し何にも抵抗が無いっていうのが伝わっていると良いのですが」 「……伝わりました……」 「よろしい」  角度を変えて三度キスをした李一が離れると、思わず自惚れてしまいそうな甘い視線を向けられた。  前屈みになった李一が、今この時もどれだけ我慢しているか……そんなことを押し付けるほど子どもではない。  しかしながら、冬季と見つめ合う李一の心には性懲りもなく激しい嫉妬心が湧いていた。  ── 冬季くん……こんな顔を、他の男にも見せていたのか……。

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