111 / 125

後日猥談 ─初夜─3

 ナカは綺麗、だと思う。  二ヶ月以上触ってなくても、やってくうちに体も指も洗い方を思い出してきた。  今までは〝いつかくるその日のため〟だったのが、この二週間は〝りっくんと繋がるため〟っていう嬉しい目的のある行為だったから、一人でいじってても寂しくはなかった。  覗きたくてウズウズしてたらしいりっくんは、僕が嫌だって言ったことは絶対しなくて。  お尻がダメなら他はいいでしょとばかりに、毎晩体中にキスをしてくれた。 『俺が一生をかけて愛します』  特に痣のあるところを重点的に触れては、そう言って唇を落としてきた。  りっくんは優しいから、僕が気付かないところでこっそり心を痛めてるのかもしれない。  過去を恨んだことなんか無かったのに、りっくんは何にも悪くないのに……まだ罪の意識を感じていそうで、それだけはちょっとママにムカついてる。  僕が気にしないでって言ったから、りっくんは勘付かれないように罪悪感を持ち続けてる、なんて。そんなの全然フェアじゃない。 「……いいよ、りっくん」  優しくてカッコイイ李一先生を前に腹を括った僕は、ぎゅっと抱きついて甘えた。  拗ねてるだけじゃなくて、そこまで我慢してくれてたとは知らなかったから。  りっくんの好きにして、いいよ。 「そ、それなら……どうします? 歯医者さんごっこから始めますか?」 「えっ?」  そ、そこから……っ?  りっくん、もしかして歯医者さんごっこしたかったの? って、そんなわけないか。  たまに飛び出すりっくんの分かりにくい冗談に笑った僕は、次の瞬間ふわっと抱き抱えられて、今度はベッドに横たえられた。 「はい、じゃあ横になって。せっかくなので八番の状態を診ます。八番、どこの部位のことだか分かりますか?」  復習です、と微笑む細まった瞳が、マジだった。  冗談じゃなかったと分かって、僕もすぐさま頭を切り替える。 「う、うん。八番は親知らず……です」 「正解」  どこから取り出したのか、先端が丸いミラー片手に李一先生はニコニコだ。  白衣を着ると身も心も引き締まるというのはホントみたいで、横たわった僕の頭元に腰掛けた李一先生による診察が、さっそく開始された。 「少し大きく口を開いて。……そう、上手です。そのまま」 「ふぁい」 「ふふっ……返事はしなくていいです。指を噛まれるかと思いました」 「…………っ」  ……ヤバい。下から見る逆方向のりっくん、とんでもなくカッコイイ……。  患者さんみんな、ユニットの背もたれが倒れると同時にすぐに目を瞑ってたけど、この光景が心臓に悪いからだったのかな。  前髪を上げておでこを出してると、とても二十九歳には見えない。新米歯科医師だとして若いくらいで、そのうえとびっきり愛想もいい。  治療の合間に「大丈夫ですか?」、「痛かったらすぐに教えてくださいね」とりっくん自らが患者さんに声をかけてるところなんかも、初心患者さんには特に好印象だと思う。  しかもその院長先生はマスクをしててもイケメンだし。  歯医者さんは怖いところじゃないんだって、りっくんの治療を受けたらその日から意識が変わっちゃうほど、〝李一先生〟はあらゆる面で優秀だ。 「あぁ……可愛いな。歯茎を突き破って生えてきていますね。ムズムズしませんか? ここ」 「んっ……」 「明日は午後からお休みですし、帰る前にパノラマを一枚撮りましょう。他の八番の様子も見たいですし」  ゴム手袋を嵌めた李一先生の人差し指が、僕の右上に触れた。それだけじゃなくて、指の腹で優しくじわじわ擦られる。  マズイ……触れてるのがりっくんだからなのか、ヘンな気持ちになってきた。  少しだけ生えてきてる僕の右上の親知らずを可愛いと言って、側面の歯茎の状態まで指で確認されてしまうと、別のムズムズが湧き起こってきてかなりくすぐったい。 「んーと、他はどうかな。変わりないかなー……っと、あぁ……。やっぱり上顎ヤケドしてますよ。痛みはありませんか?」 「んっ、んっ」 「そうですか。消毒して口腔粘膜剤を塗布してもいいんですが、どうします?」 「んーんっ、んーっ」  僕の口の中をミラーで診ていた李一先生が、隠しておきたかったお昼の粗相を見つけて手を止める。  舌で触ると薄皮がめくれてる感覚はあるけど、薬を必要とするほど痛くはない。  返事はしちゃいけないからと、僕は小さく首を振ってみせた。 「ふふっ……お昼に飲んだお味噌汁が原因でしょうね。お湯を注いだそばから急いで飲んでいましたもんね」 「…………っ」  えぇっ、李一先生は診ただけで何が原因でヤケドしたのかまで分かっちゃうの……!?  は、恥ずかしい……。  でもそうか。りっくんはあの時、隣に居たんだもんな。  医院近くのコンビニで久しぶりに即席のお味噌汁を買ってみたら、想像以上に美味しそうでついつい後先考えずにグビッと飲んじゃったんだよね。  りっくんがカルテのチェックをしていたまさに真横で、僕が「アチチ……っ」って熱がってたの見られちゃってるわけだし……クスクス笑われてもしょうがない。 「ちなみに上顎、弱い方が多いんです。触れられるとくすぐったいじゃないですか。冬季くんもそのようで」 「んっ……っ」

ともだちにシェアしよう!