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脆い心

じゃあおじさんは?大人になって、分別がついたまま、割り切るしかない? 答えはNOだ。おじさんは、車いす生活になってもあきらめなかったらしい。 車いすテニスやバスケ、リハビリもかねてだけど、とにかく何でも体を動かした。二足歩行していた時のように、車いすを自分のものにするために、何でもやった。らしい。 らしいというのは、僕が生まれた時にはすでに、車いす生活が長かったから、過去のあれそれはおじさんから直接聞いたからだ。 「おとんが、生意気だって言ったんだ。」 「誰に、」 「おじさんに。」 なんでそんなこと、と思った。 言葉のナイフを突き立てられたおじさんは、どんな気持ちだったんだろうとも。 「それは、」 なんで?と聞き返したかったけど、まだ続きがあるとばかりにお母さんが制した。 「まあ、普通に切れる話だよな。同じアルファでもあわない奴はいる。」 温厚なおじさんになるまで、つまり自分の体に納得するまで長い時間がかかったんだぁ。なんて話を聞いたことがあった。 お母さんが二十歳でお父さんと結婚して、すぐ車いす生活になったおじさんと同居した。だから、本当に大変な長い時間を、お父さんもお母さんも共有している。 お父さんは、おじさんが住んでいる家をバリアフリーに改築し、環境をまず整えた。 家もおじさんちの近所に引越したので今も遠いところまで働きに出ている。 お母さんは、ずっとおじさんの介護だ。 「何がきっかけかは知らないけど、生意気だ!わきまえろ!って怒ったんだってよ。」 「おじさんに、」 「なんとなく想像はつくけどなー。」 「…。」 若いころから努力をし、積み上げていったプライドを不慮の事故で壊されてしまった人物がどうなるか。 むりくり作った落としどころが、深いわけあるか。小学生の僕ですらわかる。 「おじさんは、ずっと寂しかったんだね、」 「9歳のくせに、わかってるね。」 何でもできた人が何にもできなくなる。介護される側でも愚痴は出る。ましてや血を分けた兄弟なら遠慮だってなくなるわけだ。 「お母さんへの文句を聞いちゃったんだね、お父さん。」 「怒った相手が他人だったら、俺も程々にしろっつって止めんだけどな。」 なんというか、もう空っぽだった。僕は二人の子供だけど、だからと言って解決に導けるほど人生経験は積んでいない。 何かしたいけどしてあげられない、お母さんが言った、べつに大事ではない。という言葉の壁は、そのまま大人の矜持だった。 「え?おお…」 「ぶうぇへ・・・・えぇ・・・」 悔しくて情けなくて泣いた。お母さんはぎょっとしたのち、本当に仕方のない奴だなあ、と笑いながら結構な強さで僕の涙をごしごし拭ってくれた。 「ぅうぐっ…ひぐぅ…」 「うどん食う?」 「だべる…」 聞くだけ聞いて、泣いたのは、一瞬でも情けないと思ってしまったお父さんに対する罪悪感と、可哀想なおじさんと、そして間に挟まれて身動きの取れないお母さんの気持ちを考えた挙句、僕の許容量がオーバーヒートしたからだ。 なんだか僕、今日は泣いてばっかだなあ。 「このうどんみたいに、つるっといけばいいのに…」 「うどんで例えられるとしょっぱい気持ちになるな…」 「うどんおいひぃ…」 「ぶわははは!」 お母さんは、いつも通り山賊の頭のようにワイルドに笑うと、明日にはきっと元通りさ。と根拠のない自信で僕に告げた。 僕は何かお母さんに話したいことがあったはずだったのに、きれいさっぱり抜けてしまっていたので、曖昧にうん、とうなずいておいた。 今日はいっぱい考えたし、泣いたので、もうおしまいにしたかったのだ。 お疲れ様、今日の僕。多分、今日めっちゃ経験値つんだと思うから、明日には進化してると思う、何かがきっと。 僕はまぐまぐと少し伸びたうどんを食べながら、面白そうに見つめてくるお母さんの視線を遮るようにどんぶりを呷った。 うどんの汁が鼻に入ってキーンとしたけど、知られるのが恥ずかしくて痛いのを我慢した。 沢山泣いた日の最後位、カッコつけたかったのだから仕方ないじゃないか。

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