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鷹の爪作戦
今日にかぎり、やかましい目覚ましの音が開戦を告げるラッパのように聞こえた。
やるぞ、僕。やってやる。
「戦を始めようと思いまっす!」
「何それ物騒…」
週明けの月曜日、真っ先に俊君の席に詰め寄った勢いのまま、声たかだかと宣言をした僕は、さっそくランドセルからまっさらな宿題を取り出した。
「きいちおまえ、漢字の書き取りやってないじゃん!またチューされるぞいいのか!」
「甘んじて受け入れようと思う。」
「ひぇ…思い切りがよすぎる…」
俊君の心底信じられませんという目で見つめられながら、自分の事ながら同意する。
だがあくまでこれは六村先生に対する決戦前の宣戦布告なのだ。
「僕がチューされたら教室から脱走するから追いかけないでね。」
「おん?」
はてなと首をかしげる俊君に、さっそく僕が思いついた子供だからできる作戦を披露した。
「つまり、チューにストレスを感じたきいちが教室から脱走して、騒ぎを起こして校長室に行くと。」
「そこで校長先生の前で告げ口する!」
「簡単そうに聞こえるけど、うまくいくのかよ?」
興味深そうに聞いてくれていた俊君だが、あんまり乗り気ではないらしく、ここは僕の演技力を信じてくれとばかりに、僕は自分の胸を頼もしげに叩いて秘策を告げた。
「全力でいやぁ!!って走って逃げる。」
「足遅い癖に…」
「俊君が足止め役!」
「俺宿題やってきたんですけど!!」
今日はまじめだったんですけど!と情けない声で悲鳴混じりに告げる俊君に、一瞬クラスが注目した。今回の件はトップシークレット作戦なので、みんなにはばれたくないのである。
僕らは取りつくろう様にみんなを宥めた後、俊君が疑問を口にした。
「てか、事件起こすならみんなに協力してもらえばいいんじゃね?」
「能ある爪はタカを隠す、敵を欺くならまず味方からっていうでしょ?」
「あぁ、なるほど…」
たははと何とも言えない表情で納得したのち、爪とタカが逆だぞきいち、とか何とか言っていた気がしたが、決戦まで昼休みを挟んで4時間後。
半信半疑だった俊君も、時間が迫るにつれて、緊張感からか表情が引き締まって行った。
こうして、僕がなづけた鷹の爪作戦は決戦の火ぶたを切って落とされたのである。
「はい、みんな宿題はやってきたかー?」
きた。
ごくりと、隣の席の俊君の喉が鳴る音が聞こえる。
わざと宿題を忘れた僕は、意を消して自分から身を差し出した。
「先生、僕忘れちゃいました…」
「またかきいち、なんで書き取り位すぐにやらないんだ。他には?」
大丈夫だ、僕。この戦いが終われば、俊君の苦しみと僕のプライドが守られるんだ、だから避けられない戦いなんだ、僕が、いや、俺がやらなくてはいけない!男を見せるんだきいち!!!
ギュッと目をつむったまま、心のコンディションを整える。不思議とクラスの音が聞こえず、集中していたようだ。大丈夫、僕を含めた何人かが先生の前に並んだら、ミッションスタートだ。
俊君、僕、行ってくる。ニッと、俊君を安心させるつもりで隣の席の俊君を見やると、ものすごい硬い表情で見つめ返された。
「きいち、おまえ…」
「え?」
「今日宿題を忘れたのはきいちだけか!」
静かな教室内に、呆れた先生の声が通る。
待て待て待て、そんな馬鹿な!
「えっ。」
「まったく、マイペースなのも程々にしないとな。」
なんということだ。超展開と言ってもいい。こんなこと計算に入っていない。まさか僕以外全員が宿題をきちんとやってくるなんて!!
慌ててあたりを見回すと、みんな顔をそらすようにして視線を外す。なんで今日に限って…、僕は生贄に捧げられる気分でしおしおと着席をした。
「きいち、放課後準備室に来なさい。」
「ひぇ…」
死刑宣告である。なだめる様に背中を撫でてくれる俊君は申し訳ないが、可能なら付き添ってほしくなる。
だめもとで、拝むようにお伺いを立てるように見やると、
「骨はひろう。」
などと申し上げられた。
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