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見えない犠牲
「じゃあほんとに裏の組織に…」
「裏の組織がなんなのかはわかんないけど…」
大人が動いたらしい。と俊君が教えてくれた。
「うちのかあさんが言うには、」
六村先生のお仕置きが、大人の中でアウトだったらしいこと。
きいちに起こったことがきっかけで、ほかの生徒にもしていたことが明るみにでたこと。
そして一番の決定打は、先生が担当していた組にアンケートを行った結果、六年生の生徒が一人、勇気を出してされたことを伝えたらしい。
「ちゅうされたこと言ったの?」
「ちゅうだけじゃなかったんだって。もうすぐ卒業だから我慢して、親にも言わなかったらしい。」
なんとも言えない顔をして、俊君が言う。ちゅうだけじゃないの意味がまだよくわからないけど、僕たちは薄っぺらい正義を掲げて動いた挙げ句、その浅はかな考えで痛い目を見た。
でもそれは、俊君と一緒にいたからできた行動だ。
きっとその子は、誰にも気づかれず、相談もできないままずっと一人で苦しんだのだろう。
「すごいね」
「なにが?」
「だって俺たち、ちゅうですらいえなかったよ?」
「あぁ、うん…うん」
アンケートという紙媒体で声を上げるのは、緊張したと思う。声を上げるよりも、文字に起こすことで自分と向き合う時間ができるのだ。
ポジティブならいいけど、勇気を出して告発するとなると特に。
教室の真ん中では、女子たちが話題を膨らませては自分の考えが正解だという様に演説をしている。
周りの生徒も影響されるように語り合う中、俊君と僕だけはなんだかすごく居心地が悪かった。
「結局、自分のせいにしたくないから」
「え?」
俊君は、何とも言えないような顔をしながらつぶやいた。
「言ったらこうなるって、なんとなくわかってた」
「…先生がいなくなること?」
「俺はずるいのかもしれない…」
小さくうなずいた後、呟いた。どこで俊君がずるいとかいう話になるのかさっぱりわからず、ぽかんとしてしまう。
こんなに苦しそうな顔してるのに、状況が読めない僕はやっぱり頭があまり良くないんだろうなぁ、なんて考える。
「きいちが公園で聞いてくれた話も、たてたよわっちい作戦も、ぜんぶ」
「えぇ…!?作戦については途中までうまくいっていたよ!」
「いってない、大失敗だったよ。」
ぎゅっと眉間にしわを寄せながら、言い迷う様に言葉が続いた。
きいちに相談したこと、二人で解決しようとしたこと、結局大人を巻き込んだこと、それが思った以上に大事になり、六村先生を学校から追い出してしまったこと。
きっかけが、勇気を出した一人の生徒の発言だったこと。
「俺は親に言えなかった、言いたくないから言わなかったのに、その人は言ったんだよ。」
結局嫌なことは、顔も知らない生徒にやらせてしまった。
「きっかけは俺だったのに、最後はその生徒が動いたんだよ、嫌だったのに、頑張ったんだよきっと、頑張らせちゃったんだよ、きっと」
「すごい」
どばどばと話し続ける俊君に、ポロリと本音が出てしまった。ほんとに、自分でも思いがけずに自然に
「すごい、てなに」
「だって、」
だって俊君はそんなとこまで気にかけられるし、考えられる。僕と同い年で、顔も見たことも、声を聴いたこともない生徒の気持ちまで想像して話せる。僕なんか、ただ単純に、これで嫌なことがなくなるって、
「そう思っただけなのに、俊君は優しい。」
「きいち」
「僕は、先生が嫌いになったし、よかったと思ってたのに」
いなくなってくれてよかった。口に出してはいけないとわかっている言葉でも、驚くくらいするりとでた。
「きいち、」
「俊君はいいこだね、」
「わかった」
「僕はその六年生の名前も顔も興味ないのに」
「わかったから、」
くんっ、と手を引っ張られてとまった。
俊君はまた大人みたいな顔をして、誰も悪くないといった。
何も考えてないのにするする言葉が出てきてしまい、ちょっとだけびっくりしたけど、俊君が悪くないことが伝わってよかったよ、と言って笑うと、俺はずっとお前と友達だからなと言われた。
「でへへ、うん…」
「笑い方…」
なんだか頭がほわほわして、不思議な感覚だったけど、俊君が変な顔して笑うから、それでいいと思った。
僕は、俊君には笑っていてほしいのだ。
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