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深窓の読経姫

「僕は目立たないようにって言ったよね!?言ってませんでしたか僕!?」 「ニュアンスがちがう。たしかバレないようにだった気がする。」 「ああ言えばこう言うほんとにこの子はもおおおおー!!!!」 会場に向かってばたばたと走りながら、言い訳とも取れるようなことをのたまいつつ、楽しそうに笑う。 楽しそうで何よりなんだけど教師にバレるより質が悪くない!? 吉崎は生徒会だし、もし彼が在席確認をしたとしたら一気に事態が悪い方向に行く気がする! 今更ながらそんな考えに至った僕は、俊君と共に会場に滑り込むと、俊君の腕を鷲掴み暗幕の内側へと引きずり込んだ。 「おわ、なになに。」 「じ、じゅんぐ、お゛ぇっ…し、ふうーーっ」 「はいはい息継ぎが先な。ひっひっふー。」 「うぅ、っふうーー、あのさぁ!吉崎なんだけど!」 ラマーズ法でなんとか息を整え、話を切り出そうとすると、ものすごい勢いで益子がカメラ片手に暗幕の中に滑り込んできた。益子はいっつもタイミング絶妙だよねぇ、あと三十秒くらいは時間が欲しかった。 「きいち!!!!どこいってたの!?!?もうメンツ揃ってるよ!!軽音楽部が時間つないでくれ、誰だ君は!」 「こんちは。俊君だよ」 「俊君です!!ちがう!え、もっ設定作ればよかっ、タイム!!」 俊君のあっさりすぎる自己紹介に危うく流される所だったけど、益子は同じクラスだから誤魔化せない。 まじで潜入捜査だって入念な設定を作り込むのに、そんなことする前に俊君が居なくなっちゃったからもー!!! 「ああもう!時間無いから終わったら詳しく聞かせろよ!!」 「そうだ吉崎!!吉崎もいる!?」 「なんかやけにやる気だったぞ!きいちは早く指示だししにいけ!」 益子にスケジュール表で尻を叩かれながら、配線やら機材やらをかきわけて裏から入る。 俊君はなにやら会場に戻ってみてるとか言ってたから多分そこらへんにいるだろう。終わったら電話をするけど、頼むからおとなしく座っててくださいまじでと念押ししたので大丈夫なはず。頼むぜ信じてるかんな! 証明係に電話で指示を出しながら、離れたところにいる音響担当に見えるように曲名を書いたスケッチブックを掲げる。本番までシュミレーションをして段取りも含めたリハーサルを、この日のために何回も練習してきた。 結局アシスタントディレクターばりにカンペを駆使しての指示出しが一番スムーズだったのだ。 こんな地獄のようなミスコンでも、やるからにはてっぺんとりたいよね?裏方なめるなよ! 僕はインカムでスポットライトの位置を指示出しながら益子の場を盛り上げるMCを頼もしく聞いた。ミスコンは10分押してようやく開催の運びとなったのである。 「まじ死ぬかと思った。こんなに僕を走らせるなんて俊くんだけだよ…」 「お疲れ、吉崎は惜しかったな?まさかキグルミの子が優勝するとは。」 「いや自己アピールですべて持ってったよね。金髪顔だけ美少女ロリのりんご割りはえぐい。」 投票よろしくねと可愛らしく言ったと思ったらりんごを鷲掴んだまま粉砕していた。投票しなかったらこう。と脅されているような気がしたのは多分僕だけじゃないはず。 吉崎は自己アピールと言われて何も用意していなかったせいか、大いに焦った挙げ句なぜだか般若心経の暗唱をしていた。 会場は吉崎の登場とともに最高潮にボルテージがあがり、そして自己アピールではある意味爪痕を残したという点では大成功を収めていた。ある意味ね。 吉崎推し筆頭の益子はMCやりつつのアクロバティックカメラ捌きでご本人にドン引きされていたけど、彼いわくそれすらもご褒美らしい。 本当に記憶力良いけどなんでそれにした。益子はなんか深窓の読経姫とかギャップ萌…とか言って悶絶してたけど。 他のメンツも結構僅差だったのだ。サッカー部で4組の高杉くんもチャイナ服めちゃかわゆでした、なまっいろい足が思春期男子高校生の…と考えたところでやめた。 「僕はもこのコーヒー飲んだらそろそろ撤収手伝いに戻んなきゃなぁ。」 「益子は?」 「うっ、そうだ益子に口止めしとかなきゃだった…」 あとはなんだっけ、なんか忘れてる気がするけどとりあえずいいや。 「俊君はとりあえず俺と益子んとこいくよ。あいつを味方にすれば行ける気がする。」 「いやー、人ンとこの文化祭って結構はしゃぐよな?めっちゃ楽しかったわ。」 「本当に満喫してくれたよね?自重してくれるかとおもったんだけどね?そこんとこちょっと思うところあるよ僕は。」 ういうい、と横で楽しそうに振りかえる俊君に肘で軽く突く。一発は甘んじて受けてくれた俊君はニ発目を軽く避けると、がしりと手首を掴まれた。何事。 「きいちは、」 「うん?」 掴まれた手首をゆるゆると揺らしてみるも解ける様子もなく、あきらめてそのままにしおく。 なんだか目の前の俊君が真剣な空気を出している気がして、さっきまでの男子高校生ノリをしていたとは思えない程の大人びた表情だった。

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