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辿る指
日の光がポカポカと気持ちがいい昼休み。僕はなかば眠りかけながら、吉崎と一緒に何を話すでもなく昼飯後のひと時を過ごしていた。
「おい、眠いなら寝たらいいだろ?」
「ん、ううん…そうなんらけろ…ひはへはらよふねれなふなっふぁああ…」
「な、何言ってるかさっぱりわからん…」
このまどろみのひとときがどれだけ幸せかを吉崎もわかればいいのになぁ。ちゅんと小鳥が囀って、ふかふかの芝生がきもちくて、ほんでそよそよと風が吹くこの素敵時間。
学校にいるのにスローライフ感覚でぼくはすき。
ぶにり。
「う、うぐっ」
「暇なんだけど。」
「鼻呼吸を止めさせるという鬼畜…」
「構え。俺を退屈させるな。」
僕の隣のお姫様はさっきまで大人しく一緒にぼけっとしていたのに、よっぽど飽きたのかぶすくれている。にゃんこのように気まぐれですねぇ相変わらず。
「んん、んー、般若心経でも言う?」
「おい!いつまで引きずんだそれ!」
「ほんなこといったってあのインパクトはなかなか覆せないよねぇ」
うぐうう、と恥ずかしいと唸り声をあげる学はあれからかなり社交的になったと思う。
ちらりと片目を開けて見下ろしてくる学を見つめる。青みがかった黒い瞳は長い睫毛に縁取られ、なんというかお人形さんみたいに可愛い。
いいなぁ、ツンデレ。性格が素直になってから庇護欲を駆られた一部の集団が彼の親衛隊へとメタモルフォーゼしたのを知っているのだろうか。
以外にも吉崎たんハスハスとかうるさかった益子はそこに入ることはなかったけど。
「な、何見てんだよ。」
「別に?学の睫毛すんげー長いなと思って。」
「…女顔っておもうか?」
「んー、男の子として、可愛いと思うけど。」
女顔より美少年って感じのが当てはまるよなぁとみつめながら考えると、口をモゴモゴさせながら顔を赤らめて眉間にシワを寄せていた。
え、それどんな表情ですか?なんかいろんな顔してるけど君もなかなか情緒が忙しいよね!?
キーンコーンカーンと間を見計らったかのようなタイミングで予鈴がなる。
はっ!と先程の妙ちくりんな表情から瞬時に切り替えると、学はやばい!と声を上げて散らばっていた本やらペットボトルやらお弁当箱を一抱えにして立ち上がった。
「次体育だった!!やべぇ緒方じゃん!!」
「学も忙しいよねぇ…また一緒にご飯食べよーね。」
「お前も授業あんだろさっさといくぞ!!」
「俺おじいちゃん先生の日本史だからまだ余裕。」
「んなわけあるか!おら!!」
学は生徒会副会長という立場もあるだろうが、なんだかんだで真面目だ。
結局僕は半ば引きずられるようにしてお気に入りの寝場所から引離されると、学生の本分らしく授業に向かうべく嫌々とドナドナされた。
「ってことがあった。最近学が僕に対してどんどん構いたがりのオカン気質になっているような気がするぅ…」
「というか、学のほうが正しいと思うぞ?きいちだってきちんと卒業しなきゃいけないんだから、俺は学の肩を持つ。」
学校の帰り、我が愛しの俊くんと待ち合わせをして駅前の喫茶店にきた。
最近あったことや、たのしかったこと、ちょっとした事件の他に、本当に極たまに勉強をしたりと、わりと青春ライフを謳歌している。
俊くんも彼女彼氏選び放題だろうに、幼馴染のよしみで僕を優先してくれるのがなんだかくすぐったくて嬉しい。
ブレザーな僕とは違う、学ランという男の子の憧れな制服に見を包む俊君は、ヤンキー学園ドラマなら主役張れるんじゃないかばりに決まっている。
白いワイシャツからちらりと見える赤のクルーネックカットソーも、普通の男の子がきたらきっとガキ大将になるに違いない。
「そういやこないだお前からもらった写真だけど、益子のあれはなんなんだ。」
「あー、あれね!なんか本人ギャグセンス抜群だと思って載せたらしい。」
「確かに笑えたけど、ちょっと飾りにくいよな。」
あはは!と俊くんが楽しそうに笑うから、生徒手帳に挟んだそれを差し出した。
「僕も結局挟んだままなんだよねぇー、ほら」
「フフ、何度見ても笑えるな…」
「益子の真顔に全部持ってかれてるけど、この俊くんの笑顔まーじいいよ、僕これ好き。」
んふふ、と何度も見た写真の中の俊くんを指で撫でると、何故かその指をギュッ、と握りしめられる。
何それちっちゃい子みたいでかわいい!
こうしてみると、なんだか節ばっていて男らしい。
僕の指を握る手の甲に走った太い血管は、そのまま俊くんの腕を伝ってシャツの中へと消えていった。
「どこみてんの?」
「んぇ?あ、腕。」
「腕?」
「うん、ふふ…」
指を離した俊くんが不思議そうな顔をしてシャツをまくる。先程の血管はそのまま素肌に馴染んで消えていたのだけど、僕は俊くんの中で巡る血流を辿るように、手の甲からするすると指で血管を追いかけるように撫でてみた。
太い、かっこいい。男らしい腕だ。こんなにきれいな顔をしてるのに、こういう所が雄臭い。
なんか、ちょっと。
「や、やめたー!なんかセクハラしてるみたいだし!っ、て。」
パッと手を離したつもりだったが、なぜか手首を掴まれてそれは叶わなかった。意外と手が大きい。かっこいい…と思うくらい、俊くんの手で覆えるくらいに僕の手首は細っこかったようだ。
ふと俊くんの顔を見る。
やけに真剣な顔でまっすぐ見つめてくるその表情を、僕は初めて見た。
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