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二人のオメガ

高杉は自分の下でグッタリしていた筈の片平きいちが、突然発作のように叫びだしたことに慌てた。 無理やり錯乱するきいちの口を押さえつけると、まるで心底楽しそうに嫣然と笑った。 「なぁ、どんな気持ち?好きなやつじゃないのに抱かれるの。それとも、男だからなんとも思わないかな?」 「ふ、ぐ…!んン!!!」 「あぶな、脚癖わりぃなまじで。俺だって抱きたくて抱いてるわけじゃねえよ?学のために、出来るアルファは好きなやつにバレずにで活躍するもんだろ?」 ぐ、と高杉が前屈みになる度に腹の中のものが奥に突き刺さる。手の内で苦しさに腹が痙攣する。それを感度からの収縮だと勘違いしておもしろそうに腰を揺らすから始末に負えない。自分の体温が下がっているのがわかる、きいちはごぽりと嫌な音を胸からさせると、そのまま耐えきれずに胃液を吐き出した。 「きったね!!うわ、お前最悪。吐くなら先に言えっての。あーあ、」 「はァっ…は、はぁ、…ぅぐ、っ」 「うける。無様だなお前、優しくされたいなら媚びてみな。」 「しね。」 荒い呼吸を繰り返しながら表情の抜け落ちた顔でにらみつける。普段のきいちとはかけ離れた様子に僅かにたじろいでしまったことが悔しかったのか、それとも見下す相手の態度に苛つきを覚えたのか、高杉は舌打ちをするとおおきく手を振り上げた。 カタン、 きいちの耳に、まるでそっと確かめるようなかすかなドアの揺れる音が聞こえた気がした。 「聞くけど、お前二人がいる場所とかわかんの!?」 「しるか!知らねえけど探すんだよ!」 「そういうの無茶というんじゃねぇの!?」 あの後何度かふたりのスマホに連絡をしたが繋がらず、プリント提出のみだからと鞄をクラスに置いていたことを思い出して益子が言うと、吉崎は苛立たしげにしながらも手際よく帰る支度をすると、益子の首根っこを掴んで生徒会室を後にした。 苛ついていても個人情報のUSBも資料庫の鍵もきっちり締める姿に、副会長なんだなと益子は改めて思った。 「益子は俊に電話。もしなんかあったときにあいつがいたほうがいいだろ。」 「おうよ。って付き合ってんの知ってたの!?」 「知らん!!それは今聞きたくはなかった!!」 「なんかごめん!!」 益子がスマホで俊くんに連絡をとっている間、吉崎は目を摘むって眉間を揉みながら深呼吸を繰り返した。傍から見たら何をしているのかと言うような行動だが、吉崎は記憶の引き出しから過去に浴びた坂崎のアルファのフェロモンを思い出そうとしていた。 シナモンのような鼻に残る甘い香りだ。おかげであいつの香りを連想させるそれは嫌いな香りナンバーワンである。思い出したくはないが、背に腹は変えられない。 なんだか微かに甘ったるい匂いがしたような気がしたがよくわからない。この階じゃないのか?一先ず手短な窓を締めてもう一度集中しようと目を瞑った。 「きいちがやばいかもしんねぇっていったら通話切れた!多分向かってると思う。」 「益子、お前ってなんか香水つけてる?」 「ん?つけてない。臭い!?」 「ならいい。この階じゃないな、下降りるぞ。」 くんくんと虚空に鼻を引くつかせながら真剣な顔で吉崎が言う。意味を理解したのか益子が頷くと、思い出したように続けた。 「俺らが最後に別れたのは3階だった!そこから行こうぜ。」 「そーゆーのはさきにいうんだよ!」 ここは5階だ、一階を挟んでまで少しだけ甘い香りを感じるということは、まだ3階に高杉達がいるとしたら相当だ。家庭科室は別棟だし、それなら高い確率で高杉があのときと同じフェロモンを発しているのだろう。 来た道をたどるように益子が駆け出した。あとに続くに連れてかすかに香っていたあの時の甘い香りが、ぐんと増した気がした。 「っ、益子はわかんないよな、この匂い。」 「なんかにおいする!?わりぃ全然わかんねぇ、3階ついたら学が誘導してくれ。」 階段を一つ降りるたびにどんどんその強さは増していく、顔を青ざめさせた吉崎が口元を覆うのを見ていた益子がポケットからハンカチを差し出す。気休め程度だが、ないよりはマシだ。吉崎はちいさく礼を言うとそれで鼻から下を覆うようにして後頭部で結んだ。 躍り出るようにして3階に出る。益子は吉崎の焦り様からきいちが発情してしまったのかと思ったが、そんな匂いは不思議としなかった。吉崎が言うに、高杉のフェロモンの香りはするという。 「なぁ、きいちの匂いしねぇんだけど、まずいやつ?」 「…オメガの発情のフェロモンがないってことは、そういうことだろうな。」 益子の一言に険しい顔をした吉崎は、3階の階段の陰から廊下をみやった。 一番奥の部屋、使われていない準備室の扉を確かめるように恐る恐る触れる女子生徒が目についた。 高杉に固執していた例の女子生徒だ。中学生の時と随分印象が違う。明るかった印象の彼女だったが、今は完全に日陰の人だ。 恐らくサッカー部のマネージャーを強制的に辞めさせられたとのことだったので、それが原因で風向きが変わったのだろう。 「おい、あれって、」 「益子もしってるだろ。」 「まだ高杉につきまとってたのか、…おい、もしかして…あいつが?」 思い至っただろう益子が険しい顔をする。嫌がらせの原因に思い至ったのだろう。眼の前の女子生徒は数度確かめるようにドアに触れ、扉が開かないと知るとうろうろとその周りを彷徨う。まるで諦めて離れようともしないその姿に、そこに二人がいるのだろうと当たりをつけた。 「いこう。多分あそこに二人はいる。」

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