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せめてワンクッション
「おきろ、きいち。」
「んぇ、…」
ポンポンと背中をあやすように叩かれ、もしょもしょする目を擦りながら何とか覚醒する。体の節々が驚くくらい痛いし、なんなら声すら掠れてる。僕は知らない間に俊くんの学ランに包まれていて、リラックスできたのはこのせいかと思った。
「学校側の事情は益子と学が話してる。きいちは警察と話すことになるけど、いけるか?」
「今月入ってから2回目…」
「…その一回目は知らないから後できく。」
おっと墓穴だった。一先ず高杉は縫うだけで済んだらしい。カッターが途中で折れずに綺麗に刺さってくれたのが良かったようだ。
「きいちも治療、先生呼ぶからな。」
「ふぁ、…ねむ…」
どうやら大事をとって一室用意されたらしい。これから問診と簡単な治療。それが終わったら被害に遭った内容の確認の為に警察の人に話すことになるとのことで、面倒くさいことこのうえないなぁと少しだけブスくれた。親にも俊くんが連絡してくれたようで、別の部屋で大人だけの話し合いをしているとかいないとか。
ガラガラと引き戸を開けて入ってきたのは桑年の男性医師だった。目尻のシワが優しい。男性医師は新庄先生で、僕が産まれるときに取り上げてくれた先生だった。
「やぁ、なんだか大変な目にあったみたいだね。早速だけど見させてもらおうと思ってるんだけど…彼は同席する?」
「俊くん終わるまで廊下でまってて。」
「…わかった。」
同席する気満々だったのか、不服そうなオーラをビンビンに出している。すまないが僕の尊厳を主張させてもらうぜここは。
新庄先生は何が面白いのかクスクスと笑いながらすぐに済むからと見送った。
「彼は君の番かな?僕にまで牽制してくるから少し面白くなっちゃったや。」
「先生オメガだから大丈夫って言っとけばよかったなぁ…」
「後で誤解をといておいてね、さて…少しだけ体を見せてね。」
肩に掛けられてた学ランを横に置くと、節々の痛みに呻きそうになりながらズボンも脱ぐ。知らなかったけど背中にも擦りむけたあとが合ったようだ。やだなぁ、絶対にお風呂でしみるやつ。
冷たい聴診器をペタペタとあて、そして触診の後に簡単に手当をしてもらった。外傷は目立つところにはないし、脇腹や背中の痣の部分に湿布を貼ってもらう位だ。そして本題である。
「お尻も見ておこうか。腫れてるだろうし、塗り薬と念のために座薬も入れとこうか。粘膜摂取のほうが治るの早いし、ね?」
「やっぱしなきゃだめ…?僕こんなにも元気なんですけどね…」
「うん。君は医者じゃないし、医者として見過ごすことはできない案件だしね?さ、すぐに済むから。」
にこやかな笑顔でゴム手袋をはめ始める。先生はたまに容赦ないのだ。子どもの頃の予防接種も1.2.3で刺すよーとかいって1で刺した位だ。新庄先生にはおかんも頭が上がらない。ある意味知り合いの中で最強かもしれない。
「ううっ、親にも見られたことないのに…」
「むしろ君の親のもみたことあるから安心して。」
「なるほどなぁ、っく…ぅっ」
しぶしぶ先生にお尻を向けるように移動する。なんの安心ができるんですかねぇ?と続けようとした瞬間に尻を両サイドに割り開かれて目で確認される。やめてめちゃくちゃすーすーする!カチャカチャと金属の擦れ合う音にこれから器具を使ってあれやそれをされるであろうことを想像してガチガチに固まる。先生は緊張しないで力抜いてーとか言ってるからそろそろなのだろウッ。
「~っ…!!」
「あー、やっぱり内側が切れてるね、座薬奥まで入れておこうか。」
「か!!でいれっ…ぅう…っひぃ…」
容赦なく器具で開かれて中を見られた後に、話しながらずぶりと奥まで薬を入れられた。僕は診察台に上がるペットが体温を測るのに暴れる理由を体感した。金属の冷たさは怖い。若干涙目になるも、終わりだよとぺしりと尻を叩かれた。合図なのだろうけど情けなさマックスである。オカンもやられたのだろう、慣れろと言われても無理だけど。
最後に切れた表面を消毒綿でペタペタされたけど、何だったらそれが一番恥ずかしいかもしれない。え、これ診断書に切れ痔とか書かれるのだろうか。誠によしていただきたい。
「うん、やっぱり親子は似るんだねぇ。」
「どこの形の話ですか!?やめて聞きたくない!」
「暴行による肛門裂傷って書いとくね。ストレスで痔になる人もいるからなるべくストレスなく生活してね。」
「産後でもないのに切れ痔はいやだぁ!」
あははは!と楽しそうに笑う新庄先生は相変わらずマイペースだ。これから重々しい事情聴取があるらしいので、気が抜けたのはいいかもしれないけど、一緒にいてくれないかなぁまじで。
「それよりも救急車を呼んだのは偉かったね。呼ばなかったら事件性がないと判断されていたかもしれないよ?」
「学が呼んだんですよ。なんか先生がめちゃくちゃ怒ってたけど…」
「ああ、学校側は大事にしたくなかったんだろうねぇ、まあ無理だろうけど。」
でしょうね。高杉は刺されたけど軽症、僕も打撲と裂傷くらいだし、一番重いのはある意味清水さんかもしれない。オメガというだけで偏った考えと拗れた嫉妬が暴走して起こってしまったことなので、誰が悪いとか責任の押し付け合いでどうにかなる話じゃないというのはなんとなくわかった。
「彼女はそのまま精神科にいくよ。高杉くんも通うことになるだろうね、あの二人の偏った考えは親からきているし、こればっかりはね。」
「そんなの僕に言っていいんですか?」
「きいちくんも通ってもらいたいくらいなんだけど、絶対に嫌っていうでしょ?」
まさかのとばっちり受診のフラグが立っていたようである。僕は無言で頷くと、何故か頭を撫でられた。
「君には俊くんがいるからね。彼らにも寄り添ってくれる人がいたなら、結果は違ったかもしれないねぇ。」
先生がボールペンの背をカルテに押し付けてペン先をしまう。自身もオメガだからいろいろあったのだろう。僕はくそがきなので先生が憂うように話す横で、ふぅんと気のない返事をして誤魔化した。
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