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親子なんでね

「話になんねぇなァ?そーゆーことは大人の一存で決めるようなことじゃねぇだろうが。」 「しかし、お宅のお子さんの醜聞にも繋がりますよ!?」 「醜聞!?うちの子が!何悪いことしたってんだ言ってみろゴラァ!」 「ひぃい!」 新庄先生の診察が終わって、帰ろうとしたときだった。扉を開けた先には完全にキレていたオカンが学校の教頭先生相手にメンチをきっていた。二人の間に話を聞きに来ていたであろう警察官のお兄さんがどうしようとおろおろしてる。 新庄先生がニコニコしながら開けたばかりの扉を一度閉めて振り返った。 「僕外に出て邪魔じゃないかな?」 「むしろ先生しか止めらんないんじゃない!?!?」 現実から目を背けたくなるのはすごく分かるけど、このまま廊下は静かに!!的な一喝で鎮めてくんないかな。オカンが胸ぐら掴むのも遅くはない気がするし…、僕は思いため息を一つ吐いて身支度を整えると、先生が閉めた扉を再び開けた。 「オカン…」 「あ!?あ。きいち…!」 「ぅぶっ!ぐはっ…ちょ、くるじっ」 教頭のネクタイを締め上げてノットを限界まで細く仕掛けていたオカンが、僕の声に気がついて勢い良く振り向いた。そのままがばりと抱きついてきたオカンの背中をギブアップという意味でポンポン叩く。視界の端には死にそうな顔をしたおとんがペットボトルのお茶を片手に駆け寄ってきた。 「おちるおちるぅ…っ!」 「晃!!きいちがログアウト寸前だから一先ず離してやれ…!!」 「あ。わり、」 オトンの青ざめた顔はそっちの心配もあったのだろう。オカンはキレたあとすぐに心配すると力加減がバグるのだ。ようやく解放された僕は、フラフラしていたらオトンに支えられた。すまんな吉信。 「げぇっほげほごほげほがはっ!!まったく、なんちゅう力だ…。おいきいち。体はもう大丈夫なのか。」 「ん?うん。てか僕自体はそんなおっきい怪我とかしてないし。」 「なら今回の件は厳重注意でいいな。警察官の人、事件性はありませんとお伝え下さい。」 「だァァからそれはてめぇが決めるんじゃねぇだろうが!!」 「どうどう!!ステイステイ!!」 警察官の人も酷く困惑した顔で教頭の言葉を受け止めた。襲われといて事件性がないとか流石にありえないしね。しかも本人刺されてるし、それが事件性がないとか教頭は僕らを動物か何かだとでも思ってるのか。 今回のことは戯れの延長とかしか思われてなさそうでちょっと笑う。オカンはヒートアップするし、オトンも必死に宥めてる。良かったね腕力で負けてなくて。 「君はどうしたいんだい?一応書類は作れるけど、当の本人が刺されちゃってるからね。家裁からの保護観察の流れになると思うから前科は難しいかもしれないけれど。」 「んー、というか、高杉くんの親とかもきてるんなら話するのが筋な気がする。」 お任せするのが楽なのはわかるけど、僕としてはきちんと話がしたかった。なんか、僕の中でこれは救いがない事件な気がしてならないし、正直もう関わらないでいてくれれば示談でいいとも思ってるのだ。 「やめとけやめとけ、俺が話したけどまじで通じねー。」 「オカン喧嘩腰だったんでしょ?それに僕はまだ話してないもん。」 「まあ、当事者ですからねぇ、とりあえずどうするかは息子さんも含めて改めて話し合ってみては?」 苦笑いしながら警察官さんが促す。オカンのときも付いてきてくれたようだし、申し訳ないけどもう少しだけ付き合ってもらおう。教頭もなんだか立ち会うみたいだし、ひとまず高杉のお母さんがいるところに向かった。流石に加害者と被害者として使っている階を教えるのはまずいらしく、病院に併設されたラウンジのようなところに移動する。 一階のラウンジはすでに閉まっているようで、飲食の提供はしていなかったのでとりあえずペットボトル持ち込みだ。怒られたら謝ろう。 丸型のテーブルがいくつも並ぶ、そのラウンジの外の景色が見える窓際の一角にいた。 見る限りは一人だ。華奢で儚そうな女性で、ひどく疲れた顔をしていた。 僕は見える位置の近くで待っててもらうように言うと、付き添いの警察官さんと一緒に高杉くんママが座っているテーブルまで行った。 「こんにちは。前、いいですか。」 「…あなた、もしかして片平くん?」 「そうです、片平きいち。高杉くんは大丈夫ですか?」 ゆっくりと僕を見返したその女性は、たしかに高杉くんの整った顔立ちと似ていた。 蛍光灯が照らす人工的な明かりの真下で、女性にしては痩せぎすなその人、弥生さんは何度か指を組み直すと、意を消して口を開いた。 「今回の件は、本当にごめんなさいね。連がまさか、男を抱くだなんて…」 なるほど、オカンがキレた意味が分かった気がする。警察官のお兄さん、田中さんというらしい。が、その言動に面倒くさそうに少しだけ眉を潜めた。 「あの子には性の分別をつけさせていたつもりだったの。オメガの男を抱くよりも、女を娶りなさいと。だけど、主人が優秀なアルファとして、オメガに手を差し伸べるのは義務だとか言うから…。」 「ほぉ、」 「だからあなたには済まないことをしたわ。謝っても謝りきれるものじゃないけど…。」 なんだろう、本当に申し訳ないという気持ちは伝わるんだけど、やっぱり根本的に偏見が根付いているきがする。それにオメガに手を差し伸べる義務ってなんだろう。慈善団体でもしてるならもっと僕らが生きやすいような世の中にするという方向でお願いしたい。 「まさか、男オメガに執着した挙げ句、別の子の代わりにあなたを抱いたなんて…。」 「んーー」 「ただでさえ可哀想なあなたをそんなふうに扱ってしまうなんて親として…」 「え、僕可哀想なの?」 弥生さんの自分語りが終わるまでボケっと待っていたつもりだったんだけど、聞き捨てならないワードがでたので思わず割り込んでしまった。 「だってそうでしょう?男なのに女の役割をするなんて…」 「なんで?産むか産まないかは別に個人の自由だよね?」 ポカーンとした顔をして弥生さんが僕を見る。この人は女は絶対に子供を産まなきゃいけないという謎の思想があるのだろうか。 「だ、だって妊娠するのよ?男の腹で。女の役割をしなくちゃいけないの。」 「別にオメガだからって男の人としか結婚できないとかないでしょ。精子あるし。え、ないと思ってたんですか?ありますよ。男だもん。」 何を言ってるのかわからないという顔をしているので、どうしようかなと思ったけどここはしっかり認識を改めてもらわなくては。 「だってうちのオカンは童貞非処女は嫌だっつって…」 「おいこらやめろ。」 「んんんん、つまりオメガはむしろ選択肢が多いから可哀想じゃないよ。」 好きな人の子供を作れるし、産めるという。しかも、子供を持つ持たないも自由で縛られるわけもない。時代錯誤の思想こそが間違った理屈の大元だ。 血筋云々とか、重んじる家ほどその傾向は強い。 「それに、決めつけで可哀想とかいう大人がする薄い謝罪なんていりません。」 にっこりわらって思ったことを口にする。まさかそんなことを言われると思わなかったんだろう、弥生さんは顔を怒りで真っ赤に染め上げた。 我慢しきれなかったオカンの吹き出す音が聴こえたけど、僕も大概性格が悪いのである。

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