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パワーワード
「子供は普通女が産むものよ!?女のあたしから生まれたあの子がなんで男に翻弄されなきゃいけないのよ!!」
「なるほどそっちが本音ですか。それを言うなら、その普通の息子さんがなんでレイプするんですかね?しかもヒートに当てられたわけでもないのに。」
突然上から言葉が降ってきたと思ったらオカンが腕を組んで立っていた。基本女性には優しいオカンなのだが、今回は母親同士の話し合いにするようである。僕の頭を肘置きのようにさえしなければ、心強いことこの上ないんですケドね?
「アルファのフェロモンについてご存知ですか?オタクの息子さんの性が何かなんて勿論お分かりだったでしょ。親なら特有のフェロモンのことも調べますよね?」
「当たり前でしょう。父親もアルファなの。息子は彼の血を受け継いでるもの!」
「なら尚更防げましたよね?それともあれか?父親に任せておけば間違いないとでも?息子さんあんたが離婚した父親そっくりになったのは、あんたがきちんと道を正してやんなかったからだろ。」
「そうよ!だからきちんと教えなければと離婚したんじゃない!!あたしが、あの子のためを思って諭していたのに…、ちゃんとしなさいって、」
オカンは呆れた顔で見つめている。弥生さんが言う、ちゃんとするってなんなのだろう。お父さんの教育がとかいってるけど、黙ってみていた弥生さんも悪い。高杉くんは親の言うことに忠実に育ったつもりだったのに、離婚して、今まできちんと努めていたことは全て間違っていると否定された挙げ句、ちゃんとしろっていわれたのだろう。
それに僕は引っかかっていたことがある。
「高杉くんのお父さんが優秀なアルファならオメガに手を差し伸べろっていってたのに、オメガでもない弥生さんと結婚したのってなんで?」
何気ない疑問だったのだけど、口にした瞬間弥生さんの目が見開いた。まるで、今までそんなこと思い至りませんでしたと言わんばかりに。
だってそんなに性に固執するような性格のアルファだったら、そもそも女性と結婚するんだろうか?
義務義務言ってる割に矛盾が生じるし、子供作ってるし。だからもろもろの勘違いなんだろうなと思っている。
「そ、れは…」
「多分高杉くんのお父さんは言葉が足りなかっただけじゃない?オメガには優しく、って意味だと思うよ。女性と同じように。」
「あー、なるほど。うちの吉信も言葉たりねーもんな。」
遠くの方で吉信がビクリと肩を揺らしている。自覚していてもかんたんに治るものじゃないもんね。新庄先生が楽しそうにしてるけど、回診とかないのだろうか。
「弥生さんと結婚したのは、好きだったからだよ。アルファだってオメガとだけ結婚しなきゃいけないとかないもん。」
「あんたに足りなかったのは、自分に対する自信だな。ちゃんと話し合いできてなかったんだろ。」
「たしかに物理的には僕は被害者だけど、一番可哀想なのは高杉くんだね。」
親に振り回されて、少しずつ間違えたまま誰にも教えてもらえなかった。アルファである責任と、義務。それに苦しんで、さらに突然離婚することになってしまった。今まできちんとしてきたと思ってたのに、さらに今までの事は間違いだからちゃんとしなさいと言われる。
新庄先生が言っていた、寄り添ってくれる人が欲しかったんだろう。学が好きで自分なりに守りたかったんだろうけど、やり方がだめだった。今回こうなってしまったことで、高杉くんもそこは自覚すると思うし。
「あんたは話し合いをしろ。元旦那と、息子と三人で。そんで息子の事抱きしめて謝ってやれ。」
「わたし…わたしは…」
「後、僕的には示談でいいです。高杉くんあんなだし、ある意味被害者だろうし。今日の分の治療費だけ貰えれば別にあとは何もいりません。」
「俺の息子がこんなにも男前。」
後ろの方で教頭がホッとしている顔が目に浮かぶ。別にお前のためじゃないけどな!田中さんもなんだか肩の力抜いてるし、弥生さんもさっきみたいな怒りの感情はない。ただ疲れてる顔はしてるけど。
「できるかしら、わたしに。」
「何なら俺がついてってもいいぜ。」
「オカンも男前!!」
戸惑う弥生さんに、オカンが肩をすくませて言う。こういうことを何気なく言っちゃうのがモテる証拠である。おいなにドキッとしてんだ。うちのオカンに惚れたらだめだぞ。
「それに、アルファはできるって風潮が強いから、言葉が足りない奴が多いんだよ。うちの旦那もそれでよく俺に締められてる。な?」
「吉信そうだよね!!」
「あちらで手を振ってる方が旦那さんなのね…」
呼んだけどにこやかに手を振ってる吉信をあほを見る目で3人の視線が向く。そうなんですよ。家庭に入るほどアルファはアホになるらしい。オカンいわく。
「お互いアルファの嫁同士苦労話は聞けるぜ?同席するのがいやなら、何を話すかとかの相談だって乗ってやれる。」
「…そう、そうね…なんだか、私には相談できる人がいなかったから、その相談も上手くできるのかわからないのだけれど…」
弥生さんが困ったようにしながら、少しだけ寂しそうに笑った。やっぱりこの人は高杉くんに似ている。彼自身も根っこは優しい気質だし、きっと今度こそうまくいく気がした。
「ならママ友だな。」
「ぶふっ、」
「何笑ってんだきいち。」
こんな男前オカンとお嬢様風の弥生さんがママ友というのもおもしろい。弥生さん一気にママ友増えるよ、忍さんも必然的にくっついてくるだろうし。
「ほんとうに、息子さんにひどいことも言ったわたしを許してくださるの?ママ友になってくださるの?」
「きいちがきにしてねーし、それに知識がなかっただけだろ?」
「それは、そうなのだけど…」
心配そうに弥生さんが僕の方を見る。高杉くんがしてしまったこともあるから大丈夫なのかという、今度こそ思いやりを持った目だった。
「僕はべつに。初体験でもないしね?高杉くんが嫌じゃなければ気にしない。」
「だってよ?」
「なんというか…お母さんにそっくりね…」
「こいつに危機感ないのも俺にそっくりらしい。」
吉信が言ってたやつね、わかる。
まあ結果はどうであれ円満解決なのでは?俊くんの方を向いてニッコリ笑うと複雑な顔をして頷かれた。僕の方は大丈夫だけど、俊くんが納得してなさそうである。後でフォローをしなくては。
田中さんも話の切れ目を感じたのか、そろそろ今日はお開きにしませんかと言ってきた。清水さんのことは、弥生さんと清水さん家族側の話し合いになるということだし、オカンの出番もおわり。
すべて決着がついてから、弥生さんからも結果を話してくれるらしい。
最後にオカンと連絡先を交換してたけど、多分またファンが増えた気がした。
「吉信車。」
「回してくる。」
まるで若頭と舎弟である。しれっと教頭が一緒に乗るつもりで混じってきたけど、オカンが笑顔で断っていた。外面オカンのお暇しますねという言葉に、乗せてくれないのとは流石に言えなかったらしい。
一緒に来ていた益子と吉崎は送ってくれた保健の先生の車で帰ると言っていたから、僕の車には俊くんもいれた四人で乗った。
なんだか色々あり過ぎて忘れられない一日になった。そして新庄先生から電話で学ラン忘れてるよと言われて、慌ててとんぼ返りしたのも含めて。
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