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体育祭

天気は快晴、青空日本晴れ?雲ひとつないような絶好の運動日和だ。 あれから今日までの体育館祭に向けて、入場練習やら団体競技、クラスごとの対抗リレーなど授業を割いて練習する時間が少しずつ増え、今日の本番を迎えた。 そう、本番なのだ。 「きいち、顔死んでる。大丈夫か。」 「誰かあそこの5番レーンを消してこい。」 「障害物借り物競争がんばれ~」 頑張れるかァ!!!僕は本当に運動が大嫌いで、しかも土曜日とかにやるから殆どの保護者や近隣の人が見に来る。もちろん、オカンも吉信も、何だったら俊くんだって観客席に来ているのだ! 益子なんて忽那さんが見に来てるからやる気満々だし、オカンに言って忽那さんも混ぜて四人で纏ってもらってるから向こうらへんの顔面偏差値がえらいことになっている。全員番いるけどな!! 「あぁ!!葵が俺の買ってやったカーディガン着ている…あー似合う!!近くに行って抱きしめてちゅーして体育倉庫に連れ込みたい!」 「うわうるさ!益子は次のリレーの写真係だろうが!待機場所さっさといけっての!」 益子の興奮を物ともせず学は入場門から蹴り出すと、今度は僕の腕を掴んでそのままクラスごとの集まっている場所に連れて行く。 「おら!なんで俺がお前らのママ扱いされなきゃなんねーんだ!きいちしゃきっとしろ!どうせ大したことねーよ!一回しか競技でねーんだからわがまま言うな!」 「やだぁぁ!淡路くんのばかぁあうらぎりものおおお!!」 「なんかごめん!!」 そんなに嫌だったとは、とあわあわする淡路くんは、結局人数やら部活動やら参加種目の関係で僕の参加競技を動かさないままでいるほうが上手いことまとまっていることに気づき、まさかの後戻りできないところまで放置してくれたのである。 こんなことならおなかいたいとか言ってお休みすればよかった!!今だけ放送委員になりたいよぉお! 「ぴえ…」 「おら、あっ見てみ。俊がいんだからかっこいいとこ見せ、オイコラ!」 「俊くぅうん!!」 学の指差した先にいた俊くんが、ゆるゆるとオカンの横で手を降っていた。僕の心の栄養の俊くんがいるとわかれば、ここはもう盛大に慰めてもらうしかなさそうだ。そうと決まれば学を置いて一直線。勢いのままに俊くんの元に向かい飛びつくと、難なく受け止めてしまった。 「おわ…っ、きいちこのあとでるのか?」 「んーん、僕が出るの部活動対抗の障害物借り物競技だから終わりまでないよ。」 「学と入場門並んでなかったか?」 「種目でないならせめて当たり前の顔であそこに待機してろ、って言われたから。」 なら何でここにいるんだという微妙な顔は無視して、オカンと吉信、そしてその横にいた忽那さんの方を向く。相変わらず別嬪さんである。僕と忽那さんはちょいちょいやり取りをするまでになったマブダチなので、いぇーいと拳を突き合わせた。最近僕らの中で流行ってるアルファごっこという遊びだ。 ナルシストアルファならやるだろうというイメージの行動を突然するという遊びで、以外に面白くて二人してハマっている。 「さっき益子が忽那さんと体育倉庫でいちゃつきたいって言ってたよ!」 「また妙なこと言ってたの…毎回ゴメンなうちのが…」 「全然、というかクラスの皆に言いふらしてたから寧ろ僕が止めたほうが良かったかも。」 「大丈夫、あとでお仕置きするよ。きいちくんも今日はがんばってね。」 忽那さんからお仕置きするというワードが出たことを益子に言ったら、また暴走しそうなので秘密にしておこう。忽那さんは早速オカンと吉信、俊くんと打ち解けおり、久しぶりの体育祭という賑わいを見せるイベントを楽しんでいるようだった。 「あ、なんか始まるみたい。」 「色別リレーだね。学っていうもう一人の友達が足速いんだよ。確かあれに出るって言ってた。」 俊くんが僕の鉢巻を首の後でリボンに結んで遊んでいる。楽しそうなところ悪いが僕もそろそろ戻れないとあそこでにこにことキレかけている学に怒られてしまう。 「じゃあ学走るからそろそろ行くね!終わったら僕の出番終わるまで会えないけど帰りは一緒にかえろ。」 「ん、応援してる。」 俊くんの手をギュッと握りしめて背伸びをして鼻先で挨拶すると、そのまま学がいる方に走り出す。最近はもっぱらこの挨拶が俊くんのご機嫌取りに有効なので、もはや周りの目とか気にならなくなってきた。 パタパタ走りながらクラスに合流すると、顔を赤らめたクラス男子に何故か親指を立てられたので、同じ感じで挨拶を返しておいた。 「学頑張って一位とってね!!ラストでしょ?僕先にゴールで待ってんね!」 「おうよ!!たまとってやらァ!!気合入れてやんぜ!」 誰のたま取るのか分からなかったけど、学がやる気満々でなによりでーす。 すっかり首の後で結ばれたリボンなんて忘れて、ゴールでスタンバってる益子のそばに行くと、写真部の一年の子が駆け寄ってきた。 「きーちせんぱい、あの、さっきちゅうしてた人って…」 「ちゅう?鼻くっつけた人のことかな?」 「そうですその人!!文化祭でも来てませんでしたか?」 「あぁ、あれ僕の番なんだ。」 キラキラした目で聞いてくるその子は、写真部の増田マキちゃんというらしい。どうやら僕と俊くんのような関係に並々ならぬ興味があるらしく、時間ある時でいいからツーショットを撮れないかと相談された。 ちらりと益子をみると、益子もお願いされたようで、後で忽那さんに聞くと言っていた。 「ぁあ!!なんてよき日…オカズとして一生の宝にします…!!」 「お、女の子なんだからオカズとかいわないの!てか僕のオカンとオトンも男オメガとアルファだから、なんなら家族写真もおねがいしていい?」 「なんと!!!!今日が私の命日…ポーズのリクエストはしても…?」 「それはなしで!!」 なんだかギラギラし始めたのであまり話が発展しないうちに切り上げておいたほうがいいだろう。 悪い子じゃなさそうだけど、なんだかオタク気質なのだろうか。なんにせよ、益子がそばに置いてるということは害はないのだろう。偏見も無いようで何よりだ。 「お、そろそろやるぞ。増田、カメラ構えて準備しろ。」 「アイアイサー!!きーち先輩!!さっきの約束、忘れないでくださいよ!!」 「あいあいさー!」 なんだか増田ちゃんのボルテージが上がってしまったようで、ものすごい勢いでゴールテープ脇に走って行った。まるで人参をつられた馬のような働きっぷりだ。益子の横で動画撮影用のコードだとかカメラだとか、てきぱき準備する様子は本職もかくやと言わんばかりだ。 よーいどん、の合図でピストルが空を弾く音が響いた。大歓声、晴れた青空に差し込む日差し、飛行機雲。そして体育祭特有の煽るような陽気な音楽が流れる。運動なんか大嫌いだけど、こういうイベントの雰囲気だけは好きだった。 「くぁ…、いーいてんきだなぁ…」 地べたに腰を下ろして体育座りしながら対抗リレーを眺める。砂煙に髪を乱されながら、早く僕の出番が終わらないかなぁとマイペースなことを考えていた。

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