97 / 268

背徳の部屋にご案内

「海鮮丼うまかったー!」 「焼きイカもよかった。やっぱり口コミはたしかだね。」 悠也が見つけたお店で早目の昼食をとったあと、腹ごなしに土産店の連なる通りを歩く。観光地でもあるこの周辺は、インバウンドも多く賑わっていた。 ここら一体の有名所といえば神話にも登場する怪物と結婚した女傑の神様が祀られている神社が有名で、安産祈願や子宝守りなどを求める夫婦や番が多く訪れる場所だ。まるでその神社への通り道を賑わわせるように様々な店が密集したこの通りは、食べ歩きも醍醐味の一つだ。 俺と悠也は二人で一つの大きなたこせんべいや、浜焼き、シラスを細かく刻んで混ぜたご当地グルメのようなソフトクリーム等を楽しみながら、せっかくだからということで有名な神社に歩みを進めた。長い階段の途中で茶屋もあり、休み休み高台まで上がる。 本殿は展望台もそばにあり、夜景を見るならここは最高のスポットだろうと思えるほどに見晴らしが良かった。 「どうせならお守りかっとく?」 「はは、いいね。学業のやつとか?」 「うんにゃ、いつかのベビさんのために?」 「気が早いな。まだ先だって。」 悠也の一言に、腹の奥が期待をするようにうずいた気がした。じわりと顔に熱が集まるのを見られたくなくて、マフラーを巻き直して顔を隠す。 俺との間に子供を望んでくれる気持ちが嬉しい。 「悠也が落ち着いてからな。」 「ん、葵に迷惑はかけねーよ。」 「迷惑じゃないよ。…いつかくれるんだろ、二人の子。」 「おう…。葵にはがんばってもらわねーと。」 絡めた指先から熱が写る。まだ何も宿っていない腹の中側に、いつかを期待して頷いた。 「そんときは、噛ませてな。」 「そんときはよろしく。」 二人で同時に紡ぐ言葉が、約束された未来を縁取る輪郭のようにはっきりと浸透する。 どちらからともなく吹き出して、結局学業のお守りと交通安全のお守りの2つを買ってお参りをした。 作法は分からなかったが、気持ちだけは込めた。 自然とお参りをしたあとは清々しい気持ちになったので、来て良かったと思う。またお世話になるときは、ご利益にあやかりたいと思う。 「そういえばすごい下着でお参りしてしまった。」 「ぶふっ…、笑わすなって…」 「誰のせいだと思ってんの。」 「ごめんごめん。」 あの後は水族館でイルカショーや大水槽をみたり、標本にされたダイオウグソクムシに悠也が悲鳴を上げたりと、虫がだめだということも知ることができた。お揃いのマグカップを買って、そろそろ移動して夕飯でも食べに行くかとなったとき、斜め上からニコニコとした目線で見つめてくる悠也に気づいた。 「ん?」 「そろそろかなって」 「…………うん?」 「うっそ忘れてんの!」 驚愕を顔に貼り付けた様子にぽかんとしながらぐるぐると思考を巡らす。そういえばと思いだして、べしりと腕を叩いた。楽しすぎて忘れていたけど、トイレに行ったときに恥ずかしい思いをしていたからだった。 「そういえばトイレいったとき、普通にしすぎてて履いてること忘れた…慌てて個室入る羽目になったんだぞ。」 「いや、葵は常にトイレは個室使ってほしいわ!!」 「なんでだよ。」  「なんでも!」 その後悠也からどうやって下着を脱いだのかやかましく聞かれながらも白を通して、地元から少し離れた通りにある駐車スペースに車を止めてホテルに歩いて向かった。被っていたキャップを返そうと悠也に渡すと、鞄から用意していた伊達メガネをかける。それがよほど面白かったようでにやにやしていたので無視しておいた。 ホテルの中は対面式ではなく、気に入った部屋のモニターをタッチしてカード式の鍵を受け取るタイプのようだだった。 様々な部屋の内装を楽しそうに選ぶ横で、そういえば恋人とはいえ未成年を連れてきてしまって大丈夫だっただろうかとひとり青ざめていた。 これ、俺は捕まってしまうのでは?と横で冷や汗をかいてる様子など意に介せず、早々と部屋を決めてカードを受け取った悠也はスマートに俺の腰を抱いてエレベーターに乗り込んだ。 「葵?なんか緊張してる?」 「…淫行罪で捕まったらどうしよう。」 「同意ですっていってやるよ。てか大丈夫だろ。」 「身体検査してこんな変態な下着つけてるのバレたら」 「身体検査はおれがさせません。ほらごちゃごちゃ言ってないでいくぞー!」 「うわっ」 チン!と強めのエレベーターの到着音を響かせて部屋のある階につくと、ひょいと抱え上げられてそのまま入室した。 内装はやけにキラキラしたメルヘンな部屋で、スイッチを押すとぐるりと回り始めるメリーゴーランド風の天蓋ベッドが売りらしい。よくみると壁紙もパステルで、悠也によると女子会で使われたりもするとのこと。最近の女の子は豪胆だ。俺なら絶対ここでゆっくりお茶会とかできない。 鍵をテーブルに置いて、ブルゾンを脱ぐ悠也の後ろでガチガチに固まる俺は借りてきた猫のように、どこにいたらいいのかわからなさすぎて、来ていたコートを抱きしめたまたベッドに浅く腰掛ける。 「葵、かけるから貸して。あと俺シャワー浴びて来るから、脱いで待っててな。」 「お、おれも…」 「葵はだめ。シャワーは終わってからな。」 ちゅ、と甘く口づけて浴室へ向かう悠也を見送る。 言われたとおりするすると服を脱ぐと、手持ち無沙汰だったので服を畳んでソファの上に置いておいた。クロゼットに入っていたガウンを羽織って、例の下着のままベッドの上で小さく体育座りをする。   「緊張してきた…てか、はじめてきた…」   ラブホ。なんて背徳感を煽る場所なんだ。  未成年の悠也に強請られたとはいえ、大人の癖に判断の甘い俺の行動は非常にまずいに決まってる。サクッと終わらせて早くおうちに帰りたい。 シャワーを浴びる音を聞きながら、心とは裏腹に緩く持ち上がってしまった布地を隠すように足を閉じる。なんとなくテレビをつけると、見たこともなかったアダルトビデオが大音量で再生されて、声なき悲鳴を上げる羽目になった。

ともだちにシェアしよう!