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優れた交渉
体育祭後の振替休日。あんだけ嫌だった体育祭も、終わってしまえば呆気ないもので、今はベッドの上で寝転がりながらストレッチで筋肉痛をちらしていた。
部屋のベランダではためくのは、僕が体育祭で着たミニスカチャイナとジャージ、そして部屋干ししてるのはボクサーとメンズランジェリーだ。
「変態の部屋みたいで嫌すぎる…」
メンズランジェリーはともかく、チャイナは演劇部に返さなきゃいけないらしく、各自洗濯してから持ってくるようにと言われていた。とばっちりで参加するハメになった挙げ句着たくもないコスプレをさせられて、その始末もつけろと。聞いたときは今年の実行委員はどんだけ悪魔なのかとおもったら、安田先輩監修の元行われたらしい。闇が深い。来年もこの負のループは続くのだろうか。
シンプルなボクサーの横にすまし顔で並ぶビキニタイプのメンズランジェリー。僕のきいちが漢って大きさだったら収まらなかったに違いない。俊くんなら広範囲にモザイクがかかってたことだろう。
なんとなく想像してしまい、一人部屋で腹筋を震わす羽目になった。
「よいせっ、とと、ふぁー····」
ベッドから起きあがって伸びをする。体が解れたら尻の筋肉を鍛えるストレッチだ。目指せ美尻。とまではいかなくても締まりがいいほうが良いんだろう。何を目指すか、まさかの育代?なんて考えてたら、下にいたオカンから電話がかかってきた。家の中で距離が離れてれば平気で電話掛けてくるオカン。フフ、相変わらず雑である。
「ふぁい。」
「なぁなぁ、俊くん来てるからあげた。」
「唐揚げ?」
寝転びながらネットで調べた美尻ストレッチをしていたら、ドアがバタンと開いた。
動揺しすぎて下から見上げると、長い足の先にラフな格好をした俊くんがぽかんとした顔で見下ろしていた。何をってストレッチで1人ガニ股で大殿筋に効くストレッチしてた瞬間の僕だよ。
「その、魅力的な格好だな?」
「ぎゃぁぁぁあ!!!」
「うわうるさ!」
なんっっっつータイミングで入ってくるんだ!!!ワタワタと起きあがったおかげでバランス崩してそのまま真横の壁に肩抜きした受け身みたいにたおれた僕に吹き出した俊くんが口を押さえて笑いをこらえていた。
お陰で下半身にストレッチ用のトレンカ履いてた僕は情けない格好で固まったままである。
「しゅしゅしゅしゅしゅんく、」
「ングっ…ぶふふ、ふ、くはっ…」
「笑ってんじゃん!!もう素直になれよ!!」
「だはははははっやばい、ちょ、耐えられん…ぐはっ…」
「うぎぃぃい!!」
なんだってこんな情けない格好を好きな人に見せねばならんのだ!!がばりと体勢を整えて起き上がる。そのままの勢いでビョッと飛び上がって抱きつくと、恐ろしいことにまったく動揺せずにがしりと受け止められた。うっそだろ体幹おばけかよ。しゅき。
「んで、きいちはなにしてたんだ?」
俊くんが抱っこしてくれているので、両足を腰に絡めながら首の後に腕を回して安定させる。僕を支えた俊くんが抱きやすいように持ち上げ直すと、勢い付きすぎて顔に抱きついた。
「ん。美尻エクササイズを少々…」
「メンズランジェリーか」
「いやあれは関係ないから…!」
「俺まだちゃんとみてねーな。」
みなくていいですぅ!!聞こえないふりしてそっぽ向くと、おや?という顔をした俊くんが僕を抱いたままジトッと見つめてくる。
「…締まりがいいほうが。いいかなって。」
「…………………ああ!そっちの!」
「ちなみにメンズランジェリーは吉信がオカンに履かせるとかで僕から五千円で買い取りました。」
「うわえげつな。晃さんしってんの?」
「知らないからぼくの部屋に干してるんだよ!!」
五千円とか高校生にとっては大金だからね!!吉信はにこにこしながら僕に札をちらつかせたので、交換条件としてオカンにばれないように洗濯して干し終えた後吉信に渡す予定である。
「それにしても、締まりなんて気にしなくたって別に今のままでいいだろ。」
「ん?うん。でもほら、いまのうちからしとけば産後も緩くならないかなって。」
「……不覚にもきゅんときたわ。」
「えっなんで!?」
まったくもってわからないけど俊くんが照れてるのは貴重なのでとりあえずガン見しておいた。顔を隠されたけどな!!
「なぁ俊くん今日飯食って…駅弁?」
「違います。」
「オカ、あ。」
ガチャリと部屋のドアが開いてひょこりと顔を出したオカンにあらぬ疑いをかけられた。即座に俊くんが否定してくれたけど、僕は、オカンの開いたドアのそばに干してある例のブツをすっかり忘れていた。僕の収入源であるランジェリーがそこに!!
「俊くんおりる。」
「ん?あいよ。」
一瞬キョトンとした俊くんだが、僕の目線の先にあるものに気がついたのか、おかんに話しかけて気をそらそうとしてくれた。何も言わずともわかってくれる俊くん。まじで頼りになるでござる。
「頂いていいですか。久しぶりに晃さんの作ったハンバーグ食べたいです。」
「お、可愛いこと言う。採用。」
「手伝うことあれば行ってくださいね。」
「んーん。客人はゆっくりしてけって。きいち。」
「ひゃいっ」
そそくさと回収したタイミングで声をかけられて思わず声が裏返る。あわててブツを後ろにかくして振り向くと、満面の笑みでオカンが手を差し出した。
「燃やす。よこせ。」
「ひぇ…。」
「吉信の差し金か?あ?」
「滅相もございません。」
すまん吉信。オカンの千里眼には叶いませんでした。即座に奉納すると、呆れた顔でひらひらのそれをまじまじとみた。
オカンに握りしめられるレースのそれ。普通なら下着ドロボーに見えてもおかしくないのに、違和感がないのは顔面が良いからか。
「ったく、大方回収して俺で遊ぼうってんだろ。いらんことばっか考えるよな、あのすけべ。」
「まあ、わからなくもないといいますか。」
オカンの吉信への愚痴に俊くんがフォローを入れる。同じアルファだから思うところがあったのか、意外そうな顔でオカンが俊くんを見る。びっくりしてるとこ悪いけど、僕もしかして吉信に五千円返金するかんじ?それはちょっと懐が切ない…
「やっぱ、自分しか見られない好きなやつのエロい格好って歳関係なくクるんじゃないっすかね。」
「…そういうもんか?」
「とくにアルファは、番の前だとアホになるのは晃さんが一番わかってるでしょ。」
「…………そうか。」
吉信の晃ケツバット刑は俊くんのフォローによって免れたようである。親の敵のように握りしめられていたそれは、ポイッと僕の方に投げられた。
「履くにしても、さすがに息子とシェアするつもりはねーな。」
「え!?!?」
突然戻ってきたランジェリーをあわてて受け取ると、オカンが仕方ねぇなという男気たっぷりの笑みで微笑んだ。なんだなんだどういうことだ。
「それは二人で使いな。」
「ありがとうございます。」
「ありがとうございます!?」
オカンが決め台詞みたいに言ったあと、何故かホッとした顔で俊くんがお礼を言った。まてまておかしな流れになっているぞ。こんな予定ではなかったのに。結局五千円はどうなる。というかシェアするつもりねーということは買うんか。買って履いて夜の大運動会か。
僕はランジェリーを握りしめたまま、ぽかんとしたまま階下に降りていくおかんを見送った。
がしりと掴まれた腰に、恐る恐る横にいる俊くんを見上げると、ニッコリ微笑まれた。
「今度、二人のときに使おうな。」
「はぁ!?!?まさかその為に絆したのか!?」
「晃さんもどうせ買うだろ、ランジェリー。吉信さんから逆に感謝されるかもよ。」
「はっ、五千円が更に増える未来…」
まさかのアルファの優れた知能で円満解決の交渉をここで披露されるとは思いもよりませんでしたなぁ…。
ということは、また俊くんの玩具が増えるわけである。育代に続いて2個目だ。なんだよその小道具!僕ばっか恥ずかしいやつ!俊くんも涼し気な顔してすけべなのだ。オカンの覚えはめでたいが、こんなところでギャップを見せなくてよろしい。
「楽しみだなァ、きいち。」
「ひぇっ…」
こっっっわ…
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