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ある日の桑原家

きいちと喧嘩をしたその日の夜、次の発情期で番契約を結ぶ話をしたと、ひとまず互いの両親には話しておこうということになり、俺は珍しく早く帰ってきた親父の眼の前を陣取っていた。 「お前ら青春してるんだなぁ。」 「たから、親父には悪いけど卒業までまってくれ。」 「ん?ああ、それはいいよ。俺もきいちくんに嫌われたくないし。」 親父の正親はフレンチリムの眼鏡を外してテーブルの上においた。なんだか面白そうに笑いながら、読んでいた新聞をたたむと、真剣に話していた息子をからかうように微笑んだ。 「おい、忍がいるだろ。」 「いや、ほら未来のお義父さんとしてね?」 「ったく、ろくなこと考えてねぇな?」 「おいこら。」 「あいてっ」 パコンといい音を立ててお盆で親父の頭を叩いた忍は、そのまま持っていたお茶を目の前に置くと、親父の隣りに座った。 にこにこしながら忍の肩を抱こうとする手をべしりと跳ね除けると、何故か俺の耳を摘んで咎めるように引っ張った。 「いでででっ、ちょ、っ、やめろ!!」 「くそがき。きいちくん泣かせた癖にかっこつけてんじゃねぇっつの。」 「や、それはだから謝ったって。まじで、泣かれるのがこんなにきついとはわからなかった。」 「ったりめーだろ。番みつけたら、普通は本能が優先されんだよ。吉信さん時もだけど、忍耐強い血でも流れてんのかまったく。」 親父が汲んでもらったお茶を飲もうとして。横から忍がそれを飲む。行き場のなくなった親父の手はおろおろしたと思ったら、誤魔化すようにメガネをかけ直していた。うちの親父は職場とは違い、家でのカーストは低い。忍絶対主義の親父は話に同意するかのように頷いて、補足するかのように口を開いた。 「吉信の時は、晃くんがまだ稚すぎたからフェロモンもそこまで濃くなかったんだよ。17で初めての発情期を二人で過ごした後、項を噛まなかったってのは驚いたけどね。」 本能を優先させれば、晃さんをその時点で噛んで契約を取り付けることもできたらしい。だけどそれをしなかったのは、晃さんがお願いしたからだという。成人するまではまってほしい、番のお願いはアルファにとっては絶対だ。そしてなにより、晃さんの思いが強かったらしい。 「晃はさ、自分の体が細っこいの分かってたから成人するまで待ってっていったんだよ。」 忍が飲み終えたカップをテーブルの上に置く。晃さんと忍が知り合ったのは高校時代だ。おやじと番った忍が晃さんと再開したのは産婦人科で、大いに驚いたらしい。そして、晃さんの番が親父と同じ大学だった吉信さんで、作為的な運命の悪戯に驚きつつも、酷く安心したという。同じタイミングで生まれるであろう妊夫が二人、晃さんと忍は同じ共通点も多く、そのことが酷く心強かった。 「高校んときにあいつがさ、泣くんだよ。こんな体じゃ産んでやれないって。男オメガはまじで出産がきついからな。未成人で出産することのリスクを知ってから、成人するまでの間。つまり、体が出来上がるまで待ってもらう事にすげえ落ち込んでた。」 忍は、その時まだおやじとは知り合ってなかった。いち早く番を見つけた晃さんの想いを受け止めながら、ひどく戸惑ったらしい。だけど、忍がおやじと知り合った瞬間、あのときの晃さんの泣いてた理由を理解した。 「オメガってさ、アルファと同じくらい本能に忠実なんだわ。番のそばにいたいって叫ぶんだよ。こいつの子供を産みたいって、だけど未成人だといくらヒートが来てたとしても体が持たないんだ。」 「体力的にか?」 「体が出来上がってねぇからさ。女性みたいに柔軟な体じゃねぇからな。最初の発情期がきて、徐々に体が作られていくんだ。それなのに、作られる前に番をみつけた。」 本能に反して、体が出来上がっていない。子宮の機能が動き出すのは、2回目の発情期以降だ。妊娠したとしても、体が耐えられないと判断したうちは悲しいことになる。妊娠のタイミングは本能でわかるのだ、晃さんは番を見つけて、最初の発情期から3年もかかった。自分のせいで待たせてしまうことを、酷く悲しく受け止めていたという。 「でもな、成人して結婚してからすぐ出来たんだよ。晃もすげぇ喜んでてさ、そんでうまれたきいちくんとお前が番だろ?明らかに神さまにタイミング操作されてたよなって病室出たあと話してたんだ。」 「病室…、あぁ、あのときのことか。」 「そー、お前がきいちくんを番にする宣言したあの日。晃はこんなとこまで似なくていいのに、っていっててさ。でも、喜んでたよ。」 くすりと、笑いながら思い出すようにあの時のことを語る忍が、正親にもたれ掛かる。それを優しく見つめながら正親が大人しく支えになったまま小さく頷いた。 「オメガはね、8ヶ月で出産するんだ。それに、抱かれれば抱かれるほど、ホルモンの分泌が促されて出産に的した身体になってくる。」 「腰回りとか、尻とかだな。俺も最初は太ったとおと思ってダイエットしてたわー。」 「え。」 「ん?」 オメガの忍と番った親父からの性教育に、自分の足りない知識を埋めるようにいつになく真剣に聞いていたが、ふと聞き捨てならないことを言った忍の話にしっかりと反応してしまい、笑顔だった忍が何かを見透かすかのように真っ直ぐ見つめてきた。 「おい、何だその反応。まさか心当たりでもあるのか?」 「きいちが今日、腰回り太ってきたから痩せるんだってトレーニングしてたなって。」 「俊、もしかしてもう何回か身体かさねてたりするのかな?」 「あー…うん、やっぱちょっと本能には抗えねーっつうか。忍いないときに、連れ込んでしてた。ごめん。」 「お、おう…そそ、そうか、うん。なんか息子のそういう話聞くのはいたたまれねぇな…」 顔を赤らめた忍の反応の代わりに、親父はさすが俺の息子だねぇ、などと妙な方向で関心される。 それに曖昧に頷きながら、忍の言っていた事を振り返って重ねても、それはきいちにあてはまるきがしたのだ。 「発情期のタイミングが親と同じだとして、体格が違えば妊娠時期は早まるもんなのか。」 「そらそうだろ。まあ、吉信さんの血も入ってるしな…そんな抱いてんだったら避妊しとかねぇと妊娠する可能性は出てくるな。」 「番契約したら、気をつけねえと苦労させる気しかしなくなってきた…」 最近すべて中に出してしまっていることを思い出し、思わず頭を抱える。そういえば抱いたときの体の柔らかさも最初に比べて大きく変わっていた。そうか、俺が作り変えたのだと自覚すると、こみ上げる優越感が顔に出ないように慌ててうつむいた。 「そうだなぁ、もし妊娠させたら卒業するときにはもう孫はいるね。」 「……、たしかに。」 「おいこら。」 余計なことを言うなと忍が親父の頭を叩く。いわれた瞬間、自分の通帳の貯金額を計算してしまうくらいには俺も頭がゆるくなってしまっていた。 一つ話し合いがおわって進学で話をまとめたのに、一瞬でもありかもしれないと頭を過ぎってしまった位には、俺も上せているのかもしれない。

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