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生徒総会
「おはよう諸君!!」
「え、」
「は。」
にこにこ顔の益子が、元気よく引き戸を開けて登校してきたかと思うと、顔の左側に見事なあざを作っていたからクラスメイトはそれはもうざわついた。
勿論それは普段からつるむ学と僕も同様である。
「ちょ、え、ま、まじで?なん、どうしっ」
「ん?ふふ、まあ、ちょっとな?」
「顔面に大痣作っといてちょっと!?葵さん知ってんの!?」
「おう。まあ当事者というかなんというか。」
机の横に鞄を掛けて腰を落ち着けると、腫れた頬を撫でながら鞄から出した封筒を僕に手渡した。A4サイズの茶封筒には付箋がはられており、そこには桑原正親様とかかれていた。え、なんで。
「それ、俊くんに渡しといて。葵から例の件でっていえば伝わるってさ。」
「例の件!?なんそれめちゃ物騒…え、これ僕が見てもいいの?」
「わからん。よろしく。」
「えええええ、」
学と二人、謎の茶封筒を見ながら責任重大な書類を渡されてげんなりする。これ折ったりしてもいけなさそうだよな、どうしよう。僕ファイルとか持ってないけど…。ひとまず教科書に挟んでバッグに入れておくか。結局開くのは怖かったので、渡されたままそっと鞄にしまい込んだ。
益子が鼻歌交じりでポチポチとスマホをいじっている。いつになくごきげんなご様子に、学と二人で首を傾げた。
「な、なんかあったのか?」
「ん?んー、いや?うーん…」
言おうとしようとしてるのか、それもためらってるような気がしないでもない。なんだかよくわからないけど、もったいぶっているよりは悩んでいるといった感じで、聞き出すのは難しそうだった。恐らく葵さん関係でなにかあったのだろう。そうあたりをつけて、藪蛇になる前に口を噤むことにした。
「じゃあ、おしえてもいいやってなったらきいていい?」
「おう!すまんな気をつかわせて。ちなみに顔の痣は葵は知らねーから秘密な。」
「え、バレたらすごそうだけどいいの?」
「葵には3日位会えないつって理解してもらったんだわ。決着つけるまでは秘密ー。」
学はなにか思い至ったような顔をして、じっと益子をみつめていた。僕はなんだかよくわからないまま、何かあったらアルファ同士だし俊くんに相談しなよと言っておいた。後で僕からもメールしておこう。
「体育祭も終わったし、冬休みまで残るイベントは生徒総会と中間考査かー。」
益子が言うように、もう後期なのだ。時が流れるのはマジで早い。この間期末で死んでたのに、またテスト勉強だ。数学がなぁ…俊くんに頼んでもいいのだが、11月にでかい試験があるからとか言っていた。邪魔はできない。
「議題まとまったの?予算編成がエグいとか悲鳴あげてたよね。」
そういえば最近まで予算だの総会の議題だの、中央委員会への指名だのなんだのとあわただしくしていた。僕的には末永くんがその間中、学をクラスまで迎えに来ていたのでそろそろくっついたのかも気になるところだ。
「決まった。各部活一人に付き八百円。前年の実績がある部はプラスするけど、そんな多くないからあ、あとは備品管理状況とかみて色つける感じかな?」
「うわ、俺らみたいな文化部はともかく、サッカー部とかバスケ部は吠えそうだな…」
「僕帰宅部だからとくになにもないなぁ。」
「あってたまるかァ!」
ですよね。学のツッコミのキレも冴え渡っていて何よりだ。
「今年の総会補佐の委員会は決まったんだっけ?」
「例年通りだな。優秀な一年選抜して手伝わせてんだけど、なかなか使い勝手がいいぞ。来年の生徒会は期待していい。」
にやりと意地悪な笑顔で学が言った。ちなみに未来の生徒会役員候補である一年生が運営を学ぶ前段階として指名されるのが中央委員会だ。内申に大きく関わるので、各クラスの先生から声をかけられた真面目な生徒が各委員として割り振られる。学も一年のときに中央委員会に指名されたらしい。いわば憧れの生徒会への登竜門だ。
「写真部、撮影きたいしてんぜー。かっこよく撮ってくれよな。」
「学ちっせーからなぁ、レンズ変えて頑張りますぅ。」
「予算削るぞコラ!」
なんだかみんながみんな忙しそうである。後期になると引き継ぎとかもあるから仕方ないんだろうけど、この時期になるとちょびっと帰宅部は居場所がなくなって寂しくなるのだ。なんだか羨ましい。
微妙についていけてない話題におとなしくしていたら、おとなしい僕に気づいた学がよしよしと頭をなでて来た。
「きいち何ふてくされてんだ。何なら中央委員会てつだってくれてもいいんだぜ?」
「あっ、お断りしますぅ!」
それとこれとは話が別なんですよねぇ!
「まずは他学年の意見を取り入れるために設置された意見箱で一番多かった内容だが、校内ルールの基準について曖昧な箇所が多く、具体例がないため基準がわからない。これについては吉崎。」
「所謂染髪についてだが、これは生徒の自主性を重んじる校風と言う割にはしっかり規制がかかっている。なので極端なヘアマニキュアを使用するようなカラーは不可だが、それ以外は各自の授業態度や生活態度を踏まえて段階的に緩めてもいいという話がでている。」
「ただし、三年生に関しては受験の有無関わらずカラーはレベルスケール7まで。その他学年は先程述べたとおりだ。」
「髪の毛の色を明るくしたら不良という偏見は、お前ら次第で変えられるわけだ。まずは半年間の様子見期間を設けている。異論があれば挙手してくれ。」
あれから数日を経て、硬い空気の中ついに始まった生徒総会。生徒会候補の生徒で編成された中央委員会が設置した意見箱のなかで多かった議題を集計し、各クラスで吟味、立案、そして出し合った意見をまとめたものを生徒会へ提出。生徒会から各教員へ推敲した議案書を提出し、可とされたものについての報告会をしている。
ただしきちんと理由付けをして、メリットを上げた上での可という判定は割と厳しく、ここ数日走り回って各クラスを中央委員会とともに巡った生徒会メンバーの疲労はピークに達していた。
ここで宣言した内容を、生徒会補佐として中央委員会を畳んだあとの彼ら一年を交えて現実にしていく。生徒総会が終わってもしばらくは気を抜けない日々が続くのだ。
「次に、各委員会の予算案について、美化委員会の活動費だが、老朽化した校舎裏の用具倉庫の修繕費を上乗せしておいた。安く済ませよ。」
「続いて図書委員会。生徒の有志で古本を集めて蔵書を増やすというのは可だ。活動費だが、この授業関連の書籍を増やす分は有志で賄えない部分のみ追加で出そう。」
末永くんと学がテキパキと精査した内容を報告していく。中央委員会の一年たちはパソコンでデータを画面に移したり、予測される質問内容やそれに対する回答などの予測データを随時進行役の二人のタブレットに飛ばして更新して行く。
会計、書紀も予算案についての補足や、理由付けをしっかり伝えつつ、意見がある委員会をチェックしながら与えられた仕事をこなしていく。
うちの学校の生徒会、有能すぎるだろう。末永くんの場を支配する空気もすごいが、きちんと理由付けをして、今回の議題の原案を纏めた学もすごい。
僕はたくさんの生徒の群衆のなかから粛々と行われるその様子を見つつ、普段とは違う生徒をまとめる顔をした二人を見つめていた。
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