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アルファって、ちょっと馬鹿
壁際に飾られたモノクロのモダンな写真は、益子が撮ったものらしい。コーヒーを使って現像したものとあるらしく、普段アホだアホだとおもっていた益子の才能に、俊くんは驚きながらも楽しそうに作品を眺めていた。
最近知ったのだが、俊くんは絵がへたっぴでも見るのは好きらしくて部屋には画集とかも置いてあった。高尚な趣味である。
蓄音機から流れるモダンな曲と、出されたコーヒーの香りが瀟洒な室内を彩る。この時が止まったような内観が僕は大好きだ。
忽那さんが入れてくれた少し甘めのカフェラテは、ブラックコーヒーが飲めない僕に配慮したものである。ミルクがいいのか豆がいいのかわからないけど、この味はおしゃれなカフェでは飲めない、ここだけの特別な味。
「おわったかな。」
「まだだろ。」
ですよね。
とまあ先程から、益子と忽那さんが帰ってこないのである。僕たちをもてなしたあと、ちょっとお話があるから少し待っててねと言って益子の首根っこを掴んで奥の部屋に行ったきり。店番も何も滅多なことではお客さんは来ないようなので、お言葉に甘えて出されたクッキーをさくさくしている。んまい。
「これうまいな、菓子も作るのか。」
「忽那さんまじで何でもできるよ。SNSにつかうおじさんスタンプを除けば見た目通りかな。」
「ああ、変なとこでギャップ見せてくるタイプか。」
こっちはチョコチップ、こっちはかぼちゃ、一つ一つ手慰みで作ってみたと言っていたクッキーだけど、普通に売れると思う。出されたそれらを二人で食べ終わる頃には益子と二人で奥の部屋から出てきた。所要時間30分くらいか、うまく話がまとまったようでなによりでーす。
「お話終わり?」
「おう、やっぱり怒られた。あやうく葵からも殴られるとこだったわ。」
「反省してるのかな悠也くんは?」
「もちろんですとも!!」
弱ったといった顔で戻ってきた益子は、後から来た忽那さんに脅されて面白いくらいに背筋を伸ばしていた。忽那さんの方はというと、少し目元が赤らいでいたがこちらもスッキリとした顔である。何があったのかは二人にしかわからないが、来たときよりもその空気が和らいでいたのでよかった。
「忽那さんの焼いてくれたクッキー美味しくて全部食べちゃった!ごめんなさい!」
「そこまで気に入ってくれたなら、奥から持ってくるよ。お土産にする?」
「えっするする。益子の分まで僕にください!」
「おいこら。」
お皿を渡しておねだりすると、嬉しそうに笑った忽那さんがそのままクッキーを持ち帰り用につつんで持ってきてくれる事になった。その細い背中を見送った後、俊くんがびしりと益子の額をデコピンしたので、僕も続いてわき腹をベシベシと叩いた。
「いでっ、あだっ、おいやめ、や、やめて、やめなさい!」
「忽那さん泣かしたろ!バカ、バーカ益子のバーカ!」
「いててて、すんませんまじで!!てか全部終わってから言うつもりだったんだって!!」
「それで怒られてんじゃねーか。」
「うぐ、っ」
返す言葉もございませんといった殊勝な態度で落ち込むと、益子はバツが悪そうに後頭をぼりぼりと掻く。先生に怒られたときにも同じ感じの態度だったので、今回は割とマジに反省はしたらしい。
「まあ、結果泣かせちまったから駄目だったんだろうけど…親が来たんだと。」
「うわぁ…」
まさか益子もそれは予想外だったらしく、忽那さんは二人のことなのに勝手に一人で全部納めようとしたことが許せなかったとのことだった。
ちなみにしっかりと親父さんは忽那さんに頭を下げて、手籠にしてしまったようですみませんと謝ったらしい。
忽那さんもまさか突然きてそんなことを言われたものだから、こちらこそご挨拶が遅れて…と僕たちが来る数時間前まで謝罪合戦をしたとか。
益子が知らないところでそんなことになっているとは、やっぱり親子である。事前に何をするかとかの報連相が親子揃って出来てないのかと、あとからお母さんがきてブチギレながら回収されていったようだけど、お母さん的にはいつでも遊びに来なさいと言ってくれたようで、両親がいない忽那さんのことも息子のように気にかけてくれていたことを今日はじめてしって、感極まっての涙だったみたい。
「ただ動揺しすぎて心を落ち着けるためにクッキー焼きまくったとことかやっぱり俺の番は可愛い。」
「やっぱり反省してないだろ。」
「げっ。」
べしんと益子の頭を叩いた忽那さんが、泣いた理由をバラされた気恥ずかしさから頬を染めながらからぶすくれる。僕は持ってきてもらったクッキーの理由に、これが可愛いの塊かとしみじみ思いながら受け取った。
「でもわかる。僕もそんな理由でクッキー焼いてたってしったら可愛いなって思うもん。」
「きいちくんまでからかわないで…」
俊くんの分と僕の分のを受け取ると、益子がにこにこしながらそうだろうと頷いていた。忽那さんの腰を抱く手がなんだかやらしくて、べしりとはたき落とすと俊くんが隣で吹き出して笑っていた。
「益子んとこがやになったら僕んちおいで。ね!」
「悠也に愛想尽かしたときの避難所にしていい?」
「ちょっと!?」
「もちろん!!ね、俊くん!」
「ヒートのとき以外で頼む。」
益子のことを華麗にスルーした忽那さんに笑いながら、益子親子の暴走はあったけどうまいことまとまった話にほっとした。そういえば、と思い出したように忽那さんが一本の鍵を僕に渡してきた。
「ん?なにこれ。」
「え?俊くんから聞いてないの?」
「忽那さん…」
少し慌てた俊くんがその鍵を横から受け取ろうとしたので慌ててそれをポケットに突っ込んだ。俊くんは追いかけて取り上げようとしてきたので忽那さんの後ろに逃げ込むと、その背後からじとりとにらみつけた。
「おっと今度は僕のばんかぁ?」
「いや、ちがう、その…」
「アルファってみんな相談しないのなんで?」
「わかりみしかない。」
言いよどむ俊くんの前で、忽那さんを味方につける。残念だったな俊くん、君側の味方は使えない益子だけだぞ!何が理由かはわからないけど、ここに来て今度は僕と俊くんのバトルのゴングか鳴りそうである。やる気満々は僕だけみたいだけど。
「はぁ…わかった。言うからこっち来い。」
頭が痛そうにしながら俊くんが降参の意思表示をした。アルファってやっぱり独断するやつ多いな!最初から相談すればこじれないことだってあるだろうに。差し出された手の上に鈍色の鍵を乗せる。家の鍵にも見えるそれが、一体何の意味を持つのか。
「親父が忽那さんの管理してるマンションを社員寮にするらしくてな、空き部屋持て余してる場所があればって事で、買い取った。」
「俊くん包み隠さず言ったほうがいいよ。」
「…一室を俺の家にする。管理はうちの社から出す。」
「え、俊くん一人暮らしするの!?」
なんで今の家を出るとかいう話になってるのか全くわからない。思わず聞き返してしまうと、苦い顔をして言い淀んでしまった。俊くんがこんな顔をするときは大抵言いたくないときなので、再びのゴングである。
「またそうやって秘密にして!!だから吉信も正親さんもオカンたちに怒られるんでしょうが!」
「うぐ…、だ、だってお前もうすぐヒートだろうが。」
「それとこれになんの関係が…ちょっとまて。」
もしかしてもしかしなくても、僕とヒートを過ごすための部屋を借りたということなのだろうか。絶句する僕から目を背けるようにゆっくりと斜め上の方を向く俊くんがなによりもの証だ。はいダウト!!
「おいこらそんなことにお金かけるなんて許さんぞ僕は!!!」
「俊くん意外と向う見ずだな!なんか親近感湧くなぁ。」
「悠也はすこーし黙ろうか。」
全力で顔を背ける俊くんの肩を揺さぶって咎めるも全然反省してないねこれは!正親さんもなんでオッケーだしたんだ!やっぱりアルファは番のことになるとアホだ!僕もなんだか頭痛くなってきた!
「…大学入学したら一緒にすむだろ。」
「住むけど!」
「なら別にいいだろうが。」
「えええ…」
ムスッとした顔で今度は俊くんが拗そうである。無理矢理聞き出したくせに怒るなとでも言いたげな顔だ。嬉しいけどそんな無駄遣いさせてしまったのが申し訳ない。というか社員寮だから申し訳ないのは正親さんか?何れにせよこれはオカンに報告しなくては。
「うんうん、まあそこのマンション全室防音だから安心してね。」
「助かります。あきらめろきいち。」
「なんか立場逆転してない!?」
結局僕が頭抱えているうちに俊君の中で話が終わってしまった。しかし、まだこの衝撃は序の口だったのだ。この事件から一月後、また僕は俊くんに報連相の大切さをガミガミと説教する羽目になるとは、このときの僕はまだ予想すらできていなかった。
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