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二人の愛の巣
あれから月をまたいでついに引っ越した俊くんは、正親さんの会社の人たちに手伝って貰いながら新たな棲家に荷物を運び込んだ。正親さんが手配した家具が生活感を出してくれているものの、引っ越ししてから一週間は経っているというのに荷物が少ない為かモデルルームのように綺麗なままだった。
勿論実家もほど近くなので、忍さんが正親さんと喧嘩をしたときにぷち家出出来るような部屋もあるんだとか。するんだ家出、正親さん泣きながら追いかけてきそうだけども。
「まさか忍の要望でゲストルームまで作るとは思わなかったわ。」
掃除をしていた俊くんが、疲れたように床拭き用のワイパーにもたれかかる。社員寮とかいっていたけど、風呂トイレ別の2LDKだ。なんて大盤振る舞い!正親さんの会社はばりばりに稼いでいるけど、こういうところで還元していてすごい。
税金対策もバッチリなようだし、申請次第では同棲、同居もOKなようで、低い家賃でいいところに住めるならと続々と転居してこっちに住所を移す社員が多いため、マンションは引越し業者の出入りが激しい。
社員の福利厚生として転居するための引っ越し資金と最初の家賃も3割負担してくれるらしく、家賃だってマンションごと買い取っちゃってるので、同じ条件のマンションの家賃より安い。
社員のやる気の出し方をわかっている正親さんはさすがとしか言いようがなく、まじでやり手である。
デメリットとしては皆住む人が強面なのでマンション全体の入居者の見た目の治安がスラム街ばりに悪い位だ。
多分このマンション絶対強盗とか痴漢とかでないよね。顔面の治安以外はある意味鉄壁の防御、バビロンばりの貫禄くらい出るんじゃなかろうか。
「ていうか、なにも2年の終わりに引っ越さなくてもいいんじゃない?」
「ん?まあそこは利便性をとった。」
「ふぅん?」
利便性が何なのかはわからないけど、おかんに俊くんが引っ越した話をしたらめちゃくちゃ驚いていた。いわく、やっぱり俊くんも番の前では阿呆になるのか。と遠い目をしていた。わかりみしかない。
ちなみに昨日学校から帰って荷物持って俊くんちに行った僕からすれば、うちの高校にほど近い場所の駅前の一等地だ。駅前のロータリーにみんな集まって空港行きのバスに乗るので、もしかしたらその様子もベランダから見えるかもしれない。
「で、修学旅行は2泊4日のシンガポール、きいちはその間俺んちでいいんだな?」
「ん、むしろ俊くんは学校大丈夫なの?」
「安心しろ。きちんと発情期申請だしてきた。」
「おわぁ、さすが…」
びしりと見せられた控えは正式に学校から受理されたものだった。この控えをお互いの学校に提出すればきちんと休暇をもらえるのだ。ただしオメガの場合はいつ発情期が来るかわからないので、毎日の検温もしっかり行い、病院で初めてのヒートのときに渡された書類のコピーをホチキスで止めて提出する。出席扱いにしてもらうためにも然るべき書類はきちんとしなくてはいけないのだ。
「証明書と申請書と検温表、あと発情期を過ごす相手の個人連絡表とかかりつけ医の連絡先と…全部で5枚?」
「ん。もらっとく、俺が明日出してくるからきいちは留守番な。」
「出してくるって、また不審者扱いされないかなぁ…」
「それは大丈夫だ。」
A4の封筒に書類をまとめた俊くんが鞄の中に入れて一つ頷く。たまに謎の自信を見せるけど、俊くんが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。僕はついに修学旅行の二日前に平熱が37度を超えたため、いつヒートが来てもいいように荷物を俊くんの家に移動させた。
「もういく?今日は何時に帰ってくる?」
「昼には戻る。提出して食料買い漁ってくるからいいこにしてろ。ヒートきそうなのか?」
なんとなく心細くて学校に向かう俊くんの後ろをくっついて玄関まで来てしまった。裾を握ってしまった手を優しく解かれて額に口付けをされる。火照った体温に少し冷たい唇が心地よくて目を細めた。
「んーん、まだへいき。だとおもう、」
「呂律怪しくなってんぞ、今晩辺りきそうだな、なるべく早く帰ってくるからいい子にしてろよ。」
「あい…」
わしりと頭を撫でられ笑われる。玄関先で、こんなやり取りとか気恥ずかしすぎる。まだ慣れないけど、俊くんが嬉しそうにしてくれてるから僕も嬉しい。するりと頬を撫でられれば、そろそろいくよの合図だ。
「っん、…いてら…」
「ふ…いってくる。」
肩に手を添えて引き寄せてキスをした。いつもするような濃いものではなく、はむっと啄んで終わりのそれは巷で言う行ってらっしゃいのちゅーだ。いつものキスよりも濃くないのに、こんなにも恥ずかしいのは目の前の俊くんがとろけた顔で微笑むからにちがいない。
小さく手を振り俊くんを見送れば、パタパタとはしって反対側にあるベランダに続く窓を開けて駅前のロータリーの方を見下ろした。
やっぱり見える。下には小さなサイズのバスやタクシーがくるくると駅前を巡っており、暫くそれを見つめていると僕の大好きな俊くんがマンション前の横断歩道を渡って駅方面に歩いていくのが見えた。
「…お風呂入ろっかなぁ。」
駅の中にみんなが吸い込まれていくのを見てから、これから俊くんが帰ってくるまでの数時間、ヒートが起こる前にしておきたいことをさっさとやっておこう。ひとまず今朝の汚れを落とすために、まずはシャワーから。なんで汚れてるのかって?朝勃ちした俊くんに付き合わされたからだよ言わせるな!!
部屋にこもるしかないのに朝からマーキングでべたべたになった体を綺麗にするべく、だるい体を叱咤してお風呂場へと向かった。
ラタンの引き出しからタオルを取り出して、下着と用意された着替えをみて思わず笑う。俊くんが昨日着ていたスウェットの上下がしれっと置かれていた
。僕がシャワー浴びることを予測して準備したのだろう、僕の考える一歩先を行く僕の番の可愛いところはこういうところである。
部屋に囲ってるのに、まだたりないみたいだ。執着が強いのは嬉しい。本人がいないところでこんなに照れてることは知られたくない。
僕がきてあまりあるそのスウェットをぎゅっと抱きしめて香りをかぐ。大好きな番の香りがぶわりと体に染み渡って、思考がとろけてしまいそうだった。
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