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バーちゃんとおじさん

「おい、着いたみたいだぞ。」 「んん、む…くぁあ…」 バタンとオカンが車から降りる音がして、俊くんにも起こされた。ショボショボする目を擦りながら、久しぶりに降り立ったおじさんちは、やっぱり厳つい。 門の横にはでかいソテツが植わっていて、アイアンゲートを開くとレンガのタイルが玉砂利と飛び石の道を繋いでいる。左側にはおばあちゃんが育てている家庭菜園が幅を利かせており、ゴツゴツとした庭石の向こうにはでかい松や生け垣が白の柵を挟んで市道から家を遮るように植えられている。 入ってすぐ右に突き出しているのがガラス張りのコンサバトリーで、そこにおいてあるプランターには色とりどりの花が植えられていた。そこをぐるりと回ってから玄関に続く小道を通ると、赤いレンガのアーチの屋根が突き出た玄関にたどり着く。 見上げるとそこにはツバメの巣があり、そういえば毎年ここの床がフンで大変だったっけと思い出した。 つやつやした古い赤レンガの床に白が目立つのだ。ばーちゃんがキレながらデッキブラシで擦りつつも、毎年楽しみにしていたのを知っている。 「やっぱでけぇな、晃さんの実家。」 「そうか?古い家だからな、沖縄っぽくしたいのか洋風っぽくしたいのか全くわかんねーよ。あべこべな変な家だろ。」 「んふ、でも僕好き。この道ででたアオダイショウとバトルしたのも懐かしい。」 「いや笑えねえ、後にも先にもあんなに肝が冷えたの無かったわ…」 幼稚園の頃に飼っていた猫とアオダイショウが睨み合っていたのに参戦して戦ったのだ。おかんは棒片手にはしゃぐ僕を不思議そうに見ていたものの、その視線の先には鎌首を上げた蛇がいることに気がついて悲鳴を上げていた。蛇はオカンの悲鳴と飼い猫の渾身の猫パンチで退散していたが。 「なかちゃんげんきかなぁ。」 「なかちゃん?」 聞き慣れない言葉に俊くんが首を傾げる。ふむ、そういえば俊くんはあったことなかったっけか。 オカンが押したインターホンが響く。おばあちゃんの声でハーイという声が聞こえ、ガチャリとドアが開いた。 「あらー!!あらあらあら!!いらっしゃい!!」 「ばーちゃん久しぶりー!!会いたかったよー!!」 出てきたのはオカンの生みの親の澄子ばあちゃんだ。女手一つで男二人を育て上げた肝っ玉ばーちゃんで、おじさんの介護で慌ただしかったオカンのかわりにばーちゃんに育てられたと言っても過言ではない。 「母さん久しぶり、勇は?」 「首を長くして待ってるわよ、相変わらずしかめっ面でね!嬉しいくせに照れ屋で困るわぁ。あらやだいい男!」 「桑原俊です、お久しぶりです澄子さん。」 「いやだっ!!俊君ー!?!?あんなちっさかった子が…あらぁ、あらあら…死んだ爺さんにそっくりなくらいいい男よぉ!」 ばあちゃんのフルスロットルの歓迎の生贄に俊くんを差し出して、久しぶりのばーちゃんちの家にテンションが上がる。三和土は座って脱げるように、家の中は一段上がった作りになっている。直接廊下につながった平屋はバリアフリーで、扉も全て引き戸だ。 玄関を上がって右側が僕の部屋だったとこ。畳のい草の匂いがきもちいい。中に入ると、砂壁に囲まれた和風な部屋で、出窓の縁に座って外の景色を見ることもできる。組子障子は今もなおレトロな風情を褪せさせず、子供の頃はよくここに座っておやつを食べたのを思い出して、懐かしさを感じた。 「ここ、懐かしいな。」 「この障子あけると隣のおうちの庭が見えてさ、よくここで飼われてた犬眺めてたなぁ。」 障子を開けるとそこにあったはずの隣の家はなく、空き地になっていた。時代の流れを感じる。コンクリで固められたそこは駐車場になる予定らしく、いまは近所のちびっこが色とりどりのチョークで落書きをしたカラフルな空き地になっていた。 「きいちー!勇が呼んでる!」 「あーい!いまいくー!!」 座っていた出窓も、よじ登る高さではなくなっていた。素足に感じるい草の感触は変わらないのに、すこしはがれた砂壁や使われなくなったはめ込み箪笥の風合いの変化が、僕にはちょっぴり寂しく感じた。 出ていったあのときのまま、僕の部屋は時を止めたのだ。 おじさんとは電話で話していたけど、顔見て話すのはかなり久しぶりだ。多分、5年は会っていない。少しの緊張と期待が入り混じったきもちで、俊くんをつれて廊下の奥にあるおじさんの部屋に向かった。 磨りガラスが嵌め込まれた引き戸をスライドさせる。12畳ほどの広い部屋の中央におおきなベッドと風呂場につながるリフト、そしてはめ込み式の窓からは陽光が入ってきて室内は明るく、昔と違うのは墨の匂いだけだった。 「喜一。」 「おじさん!元気だった?」 叔父さんは大きな体を窮屈そうな車椅子に収めて、昔よりもぐっと柔らかくなった表情でぼくを迎えてくれた。顔は、オカンの弟だとは思えないほど厳ついけど、素直じゃなくて情に厚いところは似ている。思わず駆け寄っておじさんの横から抱きついた。叔父さんは優しく片腕で背中を撫でて、大きくなったなぁと懐かしむように言ってくれた。 「叔父さん、この人俊くん!覚えてる?」 「お久しぶりです。昔はさみ将棋で遊んでもらった桑原俊です、お元気で良かった。」 「あぁ、覚えてるよ。ちっさいのに強いからなかなか骨が折れた。まぁ、首の骨はもう折れてるんだけど。」 「また突っ込みづらい冗談言って困らせてんじゃねーっつの。」 にこにことご機嫌なおじさんが言うのを、見事なツッコミでオカンが両断する。おじさんは楽しそうに笑っているけど、俊くんの顔は見事に引きつっていた。すまん俊くん。おじさんはこういう人なんだ。 「そういえば、晃から聞いたけど、二人は番になったんだって?」 「ええ!?オカン言ったの!僕の口から言いたかったのに!」 「すまん、ついテンション上がって口が滑った。」 「ぐぬ…そんなふうに言われたら攻められないじゃん…」 そうか、テンションあがっちゃったのか。オカンのムスッとした顔で照れるという妙技をみつつ、俊くんが思い出したように菓子折りを差し出した。 「これ、つまらないものですけど召し上がってください。」 「おお、これはご丁寧に…母さん言ってみんなで貰おうか。」 「中身は月餅です、勇さん好きだってきいちから聞いていたので。」 「なんだかすまない。ありがたくいただくよ。」 おじさんは嬉しそうに貰った月餅を膝に乗せると、お昼でも食べようと誘ってくれて、そのまま澄子ばあちゃんがいるリビングまでみんなで移動した。 部屋にはいると、おばあちゃん特製のニラ饅頭や筑前煮、お稲荷さんに鳥のチューリップ煮など僕の好物を沢山作ってくれていて、久しぶりの手料理にオカンも嬉しそうである。 リビングはコンサバトリーとガラス扉で繋がっている。よくそのガラスの前でブロックで遊んだなぁ。 席は定位置、テーブルの端をおじさんとばーちゃんがはさみ、オカンと俊くん、ぼくで向かい合わせに座る。オカンの隣の空きスペースは誰も座らない。その場所に吉信が座るには、まだまだ時間が掛かりそうだった。

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