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オカンの秘密

あれから少しして、冬休みに入った。冬と言っても僕が住んでる地域じゃなかなか雪も降らないから、らしいことといえば元旦くらいなんだけど、新年には皆で集まって初詣に行こうという話して盛り上がったので、今はその日が待ち遠しい。 益子と忽那さんは写真館にある衣装部屋から着物でも着るかという話になったらしく、忽那さんは全力で振り袖を着させられるのを辞めさせるべく奮闘していると愚痴混じりの電話が来たりした。 「おいきいち、明日勇んとこ行くからついてこいよ。」 「クリスマス会?」 「そんな可愛いことすると思うか?単純にきいちの顔見たいんだと。俊くんもおいでってさ。」 オカンのその言葉に、そういえばおじさんには俊くんと番ったこと言ってないなと思い出した。 「いく、とりあえず俊くんに連絡しとく。久しぶりだから緊張するー!おじさん元気かなぁ。」 「アイツ顔いかついくせにお前にでれでれだからなぁ。クリスマス会開いてもいいけど?」 「忽那さんが忙しいから日にちずれるけど、28日に遅れて皆でやるってさ!益子から誘われてんだぁ。」 「ああ、ならその日は晩ごはんいらんのか。オッケー、忽那さんによろしくって言っとく。」 ほいよ、とスマホで俊くんにコールを入れながら返事をする。通話に出た俊くんにおじさんちのことを話すと、二つ返事で了承してくれた。帰りがけに俊くんちに直行である。もはや僕の服やら歯ブラシやらが揃えられているので手ぶら上等てある。 「吉信行くことしってんの?」 「ん?行ったら拗ねるのわかってっから言わねー。」 「えぇ、それって面倒事を先送りにしているだけなのでは…」 「しーらね。」 吉信と叔父さんはまだ蟠りはあるらしい。子供の頃にも一悶着あったのだ。結局そのせいで見事に吉信と叔父さんは決裂、オカンもあのときは離婚の危機だったと笑っているけど、お互いが距離を置く事で落ち着いた。 問題の原因も、介護をしていたオカンに対して、叔父さんがストレスをぶつけた瞬間を見てしまったオトンが激情したのが始まりだ。番を独占されていたというのも嫌だったらしい。今は介護職の人を雇ってオカンのお母さんと二人暮らしだ。 吉信には秘密でちょいちょい手伝いに行っているのは知っているけど、よくばれないもんだと思っている。吉信の仕事柄帰ってくる時間も遅いからかもしれないけど、おかんはおじさんちに行くために使ったガソリンをしっかり車に補充してまでして隠蔽している。もはや手練感がすごい。 「僕は気にしないけど、吉信と夫婦喧嘩だけはしないでねぇ…」 「そしたらきいちは俊くんとこ逃げりゃーいいべ?」 「しないでっていってんですけど!」 そして吉信が帰ってきてもおかんは一言も明日のことを話さずに一日が終わった。豪胆というかなんというか、僕はヒヤヒヤしながらご飯を食べていたせいか、なんだかいつもより食欲がなかった。 そして翌日、俊くんのマンションの前に車をつけたオカンは、駐車場で洗車をしている厳つい男性やゴミ出しに出てきたマッチョ、そしてエレベーターからぞろぞろとアメリカの軍隊もかくやと言わんばかりの厳ついおじさんたちの出入りをみて、なんだここ…組事務所でもはいってんのか…と呆気にとられていた。 「ほら、正親さんとこの社員の社宅だからさ?」 「ああ、納得…」 車によりかかりながらオカンが遠い目をする。この辺の治安はお陰様で今日もいい。 独自の自治会のようなものも出来ているらしいし、休みの社員は小学生の横断歩道の誘導係もかっているそうだ。いいんだけど、一度不審者として通報されたことあるらしい。誤解が晴れてからはご近所さんも安心して挨拶をしてくれるようになったみたいだけど。 そんなことを話しているうちに、俊くんがエレベーターから降りてきた。出入り口を掃除してたティアドロップ型のサングラスをかけたムキムキおじさんと角刈りダンディな大柄な男性に、朝っぱらから若!!と呼ばれて挨拶されていた。見事な90度の立礼だ、きちんと躾けられている。 すごい嫌そうな顔で適当にいなしているところを見ると、からかいも含まれているのだろうか。よくわからないけど、俊くんの目線の先にいた僕に気がついた二人は納得したように頷いて、更にでかい声で行ってらっしゃいませ!!と叫んでいた。 「朝から元気だなぁ、俊くんとこの警備隊は。」 「完全に近所迷惑ですけどね…」 俊くんが今日はお願いしますとぺこりとオカンに挨拶をして、二人して後部座席に乗り込んだ。 向かうはおじさんちである。俊くんの持っている紙袋にはお菓子が入っていて、何かと聞くとご挨拶用だと言われた。 「俊くんは律儀だなぁ、んなもんなくたってヘーキだってのに。」 「いえ、親しき仲にも礼儀ありですから。と言っても俺も小学生以来お会いしてないんですけど、」 「おじさんね、俊くんとこの会社にいてもおかしくないくらい顔怖いけど優しいよ!」 「へんな先入観植え付けるようなこと言うのはやめてくれ…」 苦笑いする俊くんの隣で、よりかかりながら外を見る。繋いだ手をニギニギと遊びながら、おじさんのことだからきっと寿司でもとってるんだろうなぁと思いながら流れる風景を見た。 世間では今日がクリスマスだが、僕も俊くんも大きなイベントとしては28日だ。 プレゼントは一応買ってあるけど、交換会ということで予算も低い。もはやジョークグッズしか思いつかなかったので、誰に当たるかは別として購入したものはクローゼットにしまっていた。 俊くんとオカンが楽しげに話している声をBGMにしながら、なんだか眠たくてくありと欠伸をひとつ。 着ているコートが暖かくて、なんとも心地よい。 オカンの相手は俊くんがしてくれるみたいだし、僕は少し寝かせてもらおうか。 俊くんの肩に頭を載せて目を瞑る。その重みに気がついた俊くんが、呆れたように笑う声を聞きながら、大きな手で頭を撫でられる。 その優しい手付きに促されるように、つくまでの少しの間、僕は惰眠を貪ったのだった。

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