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答えはすぐそこ

「やっ!」 「あれ!?」 心底行きたくないと駄々をこねていたら、オカンから蹴り出されてしまった。そんな朝一からくたびれた顔でふらふらといつもの道を歩いていると、にこにこした忽那さんが最寄り駅で立っていた。 「なんでここに?お店はいーんですか?」 「うん、今日はお休み。悠也に届け物あるし、一緒に行こうよ!」 「えっいくいく!!今日俊くん朝から用事があるとか言ってたから僕一人だったんですよー!嬉しい!!」 「なんかそんな喜んでもらえると照れるな、あいつ家に筆箱忘れてくの、このままじゃみんなに迷惑かけるなぁって。」 「えー!なにそれウケる、授業受ける気まったくないじゃん!」 朝からの憂鬱な気分は、お使い途中の忽那さんが振り払ってくれた。謎に益子が筆箱を忘れたせいなのだが、同じ番持ちとして契約が済んでから会うのは今日が初めてかもしれない。 「忽那さん、契約痕みしてください。」 「あぁ、いいけど…なんか照れるよね。」 若干頬を染めながらくるりと後ろを向き、緩くまとめた髪を掬って項を見せてくれた。そこにはくっきりとつけられた歯型が淡赤に染まって刻まれており、なんだか色っぽい。 「うはぁ、なんかオカン以外のはじめてみたかも…えっちだ。」 「きいちくんだってあるでしょうが!もー、こんな恥ずかしくなるなら見せなきゃよかったな。」 苦笑いしながら頬をかく忽那さんは魅力的だ。益子と結ばれてからは、なんだか余計にまとうオーラが変わった。幸せそうな二人を見ていると、僕も嬉しくなる。 なんとなく、俊くんに甘えたくなって項を触る。寂しい時にここに触れるのが癖になってしまい、なんだか気恥ずかしい。 通学路の先に、姦しい声に混じって嫌な笑い声が聞こえた気がした。ちらりと見ると、例の三人が騒ぎながら通学している姿だった。 無意識に鞄を握りしめる手に力が入る。逃げたくなる気持ちに叱咤して強く前を見据えると、忽那さんが僕の結んでいた髪を解いた。 「こっちのがいいよ。気持ちを切り替えるときは、普段と違うことをするのがコツ。それに、おろしてたほうが綺麗だよ?」 長く伸びた前髪を纏めてハーフアップにしていたのだけど、久しぶりにおろした髪型に少しだけドギマギした。一度俊くんの前で髪を下ろしていたとき、結んでたほうがいいと言われてからはずっと一つにまとめていた。眼の前の忽那さんは優しくほほえみながら片側を耳にかけてくれた。 「へんじゃ、ないですか?」 「うん、雰囲気変わるね、やっぱりきいちくんは晃さんに似て美人さんだ。」 ほらいくよ、と忽那さんは僕の手を取ると躊躇なくどんどん進んでいく。あの三人の横を通るときは少しだけ緊張して俯いてしまったが、僕だとわからなかったのか怪訝そうな目で見られただけだった。 「俺たちオメガが番に対して出来る行動、なんだかわかる?」 「え?」 「うつむいてちゃ、見えるものも見えなくなっちゃうよ、ってこと。」 僕の手をつなぎながら校門に入ると、入り口に立っていた益子が手を上げて忽那さんに居場所を知らせた。僕から離れて益子のもとに駆け寄ると、鞄から筆箱を差し出した忽那さんを益子が抱き締めた。絵になる二人にまわりの生徒が羨ましそうにしたが、照れた忽那さんがべりっと益子を剥がしていた。 「おはよ、髪型変えたの?」 「うん。てかラブラブだな相変わらず。」 「なんてったって俺の番だからな。自慢したくなるるだろ。」 「だからって俺んちに筆箱わすれてくのはやめろ。」 「そこはすまんと思ってる。」 他愛のないやり取りをしたあと、校門まで送ろうとする益子を窘めて忽那さんが帰った。ジャケットに細身のジーンズ姿の忽那さんは、他に予定でもあるのだろうかと思っていたけど、益子が答えを教えてくれた。 「可愛いよな、あいつここ来るだけなら適当な格好でいいのに、俺が馬鹿にされないようにって一緒にスーパー行くときでさえおしゃれしてくれんだぜ。」 そんな事しなくても好きなのに、と続けた益子は、その健気な努力に尽くしたいといった。 後ろ姿の忽那さんは、ぴんと背筋を伸ばして颯爽と歩いて見えなくなる。近寄りがたい美人が横を通った生徒たちは、一瞬見惚れたように立ち竦んだあと、時計を見て慌てて我に返るといった具合だ。 二人の言葉を聞いて、僕の中で何かが変わる音がした。 僕の大切な宝物、俊くんが僕の手をとってくれたのに、何でうつむいていたんだろう。逃げちゃだめだ、やましいことはなにもないんだから。 番に恥じぬ自分でいろ。 「なんか、清々しい顔してんな?」 「ん?ふふ、…僕も忽那さんみたいに素敵な人になろうって思っただけ。」 「なんだかよくわかんねーけど。葵は最高だろ?」 「うん、…ありがとうっていっといて。」 「それは自分で言え、そういえばこの間葵が…」 結局クラスの中に入っても、益子の忽那さんがどれだけ可愛いか、おもしろいか、などの惚気話に付き合う羽目になったけど、そのおかげか何時もよりも視線を気にすることなく入れた気がする。 学も末永くんに送られてクラスに入ってきた途端、目をキラキラさせて僕に飛びついて超かわいいと盛大に褒めてくれた。 「なんでもっと早くその髪型にしなかったんだよー!!」 「え、追試の時これだったよ?」 「追試でてねえもんよ俺。」 「あー!そうだった、評判いいならこれにしとこうかな」 毛先だけうねっているのが嫌で結んでいただけなのだが、似合うと言われたら結ばないほうが楽なのでそのままにすることにした。 零れた髪の毛を耳にかけ直すと、学が頬を染めながらしがみついてきた。 「ああ!やっぱりきいちがすきだー、二番目でいいから俺も番にしてくれ。」 「末永くんに嫌われたくないのでお断りしまぁす!」 「お前ら朝から元気だなぁ。」 学をしがみつかせたまま好きにさせていると、学親衛隊の三人が一人、僕をフォローしてくれた三浦くんがどきまぎしながら話しかけてきた。そういえばまだお礼言ってなかったんだ、あの時のこと。 「おはよう三浦くん、この間フォローしてくれてありがとうね、嬉しかった。」 「べべ、べ、べつにあんなのはなんでもねえ。お、男として見てらんなかったっつーか、きいちは、悪くないだろ。」 「…うん、ありがとう…。俺も男だから頑張るよ、でもまたなんかあったときは、頼ってもいい?」 「あ、当たり前だろ!!何故なら俺ときいちは友達だから!!」 なんだか不思議な言い回しでも、嬉しいことを言ってくれた。そうか、学親衛隊だからと思っていたけど、三浦も僕のことを友達だと思ってくれていたのか。なんだかそれが嬉しくて、思わず学のように飛びついてしまった。大きな体は難なく受け止めてくれたけど、恐ろしいほどの体幹で見事にビクともしない。やはり鍛えているのか、筋肉は素晴らしい。 「おぼ、おおおほほほほほそそそ、きき、」 「俺も三浦くんたちと仲良くしたい!うれしい、あんがと!」 「木戸ぉ!吹田ァ!!俺今生きてる!?」 「顔が真っ赤だよ三浦!!」 「血管切れたら死ぬのかな!?」 「うわうるさ」 元気よく僕を挟んでやり取りする三人組の声がでかい。学も益子も呆れたような顔でみていたけど、授業の鐘が鳴ったので、もうこの楽しい時間は終わりである。 「偉いぞ三浦、男の中の男だ。よく耐えた。」 「俺はまだ死にたくない、俺は可愛い女の子が好きなんだ!!グラマーなおっぱいに包まれてから死にたい!!!」 「そうだぞ三浦!!きいちは男だ!!いくら顔が良くても男だからな!?!?」 なんだかよくわからないことを言ってる彼等を放置して席に戻ると、べしりと益子に頭を叩かれた。 いわく、男心をくすぐるんじゃないと。結局言葉の真意はわからなかったが、忽那さんや彼等のお陰で僕の心持ちが変わったのは良い事だ。 俊くんがいなくて寂しいけど、僕のかばんには俊くんから貰ったカットソーが入っている。 限界が来たらそれを抱きしめて不貞寝してやる。 本当はボクサーがよかったけど、何故かそれはだめだと言われた。解せぬ。

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