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愛という形を
ハッスルしすぎて抱き倒したと言っても過言ではないかもしれん。
あの後ソファーで気絶して動かなくなった葵に無理をさせすぎたと悟った為、後のご機嫌取りも含めて抱き上げてひとまずベッドに寝かせてから汚したリビングを綺麗にした。こういうのを見られると、余計に恥ずかしがって怒るのはもう想定済みである。
ソファを吸湿してからドライヤーで乾かし、カバーは洗濯機へ突っ込んどいた。
「ぅ、ん…」
絞った温かいタオルで葵の腹を拭いていると、目を冷ましたのかぼんやりとした顔で見つめてきた。
「……、あぇ?」
「おはよ。水飲む?」
ふわふわした思考がとれないのか、寝ぼけ眼で水を受け取ると、ぐび。と一口飲む。そのままよほど乾いていたのか、こくこくと続けて飲んでいく姿を見ながら、撒き散らした分だけたくさん飲んでもらわんとなぁ、などと葵が聞いたら張り倒されそうなことを頭の片隅で思った。はぁ、可愛い。
「おれ、…う、」
「めっっちゃかわいかったわぁ…」
「う、うるさい!忘れろ!」
「また誘ってくんねーの?いつでもいいぜ。」
「うぅぅ…」
ベッドの上で悶える葵の隣に座ると、そのまま葵を寝かせて横に陣取る。未だ顔を隠している葵の頭をわしわしと撫でると、そのままぎゅうと抱き込んだ。
「…なんか、あった?」
「ん?」
腕の中の葵がもそりと顔を上げる。俺の背に回した手は、まるで熱を分け与えるかのようにぴとりと素肌に添えられていて心地良い。じっとみつめる葵の瞳にもごりと口を動かす、別にやましいことでもなんでもないのだが、どう話していいのかわからなかったと言うのが一つだ。
「あのさ、すげぇデリケートな話していい?」
「ん、俺で答えられることなら。」
「オメガの話。だけどちょっと、俺の認識と違うことが起きてさ、」
小さくうなずくと、そのまま続きを促されるように見つめられた。下着はつけてたけど、それ以外は俺も葵も素肌だ。布団を手繰り寄せると、冷える前にとそれを被せた。
「きいちも番ったから、お祝いされんのかと思ってたんだけどさ。」
「…復帰、悠也と一日ズレてたんだっけ、」
その言葉だけで、何かを悟ったようだ。困ったような、寂しそうな顔で微笑む。
「高杉って、覚えてるか?サッカー部の。」
「あぁ、うん、わかるよ。」
「残されたサッカー部の一部がちょっと荒れててさ、そいつらがさ…」
「言って、別に悠也が悪意で言う訳じゃないのわかってるから。」
真っ直ぐな目に根負けして、それでも何となくそれを口にするのは憚られた。ただ相談というには下手くそなありのままの事実を葵に伝えることの勇気が、少し俺には足りなかった。
その顔を見ていられなくて、葵の頭を肩口に押し付けながら優しく頭をなでた。
言いづらそうな様子を察してか、なだめるように背を撫でられ、促されるまま言葉を続けた。
「…、番った後も、人に迷惑しかかけねぇのかって。」
番と離れたことで不調をきたしたきいちの様子をみての一言が、あまりにも冷たすぎる言葉のナイフのように感じた。己の番が馬鹿にされたような気もして、直接向けられたきいちは、どれだけ悲しくなったのか。ましてや、あんなことがあったのに。
小さく息を詰めた番が、ほんのすこし震えた声で口を開いた。葵の芯を揺さぶるような強い言葉だったらしい、やはり相談すべきではなかったかと思ったときだった。
「…その子は、可哀想だね。まだ巡り会え出ないからそんなこと言えるんだ。言った言葉は取り消せない、番に出会ったときに苦しむことになるのに。」
「アルファだってよくわかったな。」
「わかるよ。アルファは優秀だけど、すこしだけ心の機微に鈍いときがある。それが成熟してなければ尚更だ。」
「俺は、葵のこと傷つけたことある?」
「何心配してんの、そんなことする前にはもう、好きになっちゃったのに、」
不安げな顔をくすりと笑われる。この年上の番いは俺を甘やかすのが特段に上手いと思う。それが嬉しくもあるけど、自分はガキなのだと改めて悔しく感じることもある。葵には勝てる気がしない。
「あんとき、なんて言ってやればよかったんだろ。」
「ただそばにいてあげな、慰めるのは番の役目だ。友達は、その隙間を埋めてやる存在でいてあげな。」
「ああ、そうだな…」
諭すような柔らかい声に引きずられ、腕のなかのぬくもりも睡魔を引き寄せる要因かもしれない。蟠っていた事を相談できたという安心感と、葵の香り。瞬きが緩慢になってきた俺の顔を見て一つ微笑むと、柔らかいなにかが唇に触れた。
大きな体に包まれながら、寝てしまった番を見上げる。自分が先に寝ることがおおいので、余計に珍しく感じて、暫くそのあどけない寝顔を堪能した。
悠也の腕を優しく外すと、その頭の下に腕を滑り込ませて俺から抱き締める形を取る。腕に感じる重みが心地良い。意外と柔らかい髪の毛を指で遊ばせながら、可愛いつむじに口付けた。
「不覚にも、すこしだけ羨ましくなったや…」
俺も同じ時代を行きてたら、同級生としての未来があったのだろうか。
まだ何も宿っていない腹にそっと触れる。昔は、男の自分が子を宿すなんて怖いことできないと思っていた。でも今は、番になった今は違う。孕むことが全てではないことはわかっている。それでも、悠也との強い繋がりを欲してしまうのはわがままだろうか。
自分が歳上な分、余計に。
今子供ができたら、まちがい無く悠也の負担になるだろう。
大学進学の道も途絶えさせた責任があるのだ。悠也はなんてことないと笑うが、一番楽しいはずの学生の期間に水を差してしまったのではないかとネガティブなことを思ってしまう。番契約は、オメガにとっては絶対だ。
なら、もし悠也が俺のもとを離れたいといったとき、拠り所になる存在がいればいい。こんな自己都合の塊が、親になどなれるのだろうか。でもきっと、たくさん愛してあげることはできるだろう。
「好きだよ悠也、」
腕の中の番が、嫌な思いをしませんように。
女性という選択肢があったはずのこの愛しい男が、自分を選んだことで辛い目に会いませんように。守れる手は小さいけれど、俺はこの番を守っていきたい。
悠也のクラスメイトが言い放った言葉の刃は、とても鋭利なモノだ。だけど、オメガと番ったアルファを傷つけることだけは許されない。施されるオメガが唯一アルファを守れるとしたら、それは自分をしっかりと持つことだ。虚勢でもいい、俺達はしっかり二本足で番の前に立つ。
その覚悟で番ったのだから、他人の風評で揺らいでどうする。
…どうか、きいちくんが辛い思いを引きずりませんように。
じわりと滲んだ涙を誤魔化すように、その存在を確かめるようにぬくもりを抱きしめる。この気持ちは言葉にできない。ただ少しだけ、息苦しく感じたのだけはたしかだった。
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