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事の真相

「…悪かったよ、カッターだってあそび半分だったんだ。貼ってたことだって忘れてたし。」 「冬休み自主練きてたって三浦くんが言ってた。変わろうとしてんならそんなことしないでよ。」 「…俺ら停学?」 添田が重々しく口を開く。僕の方は一切見ないけど、崎田に続いて謝ってくれただけでよかった。 「停学だろうな。そのほうが罰になるし、片平もそれでいいだろ?」 「え、ぜんぜんよくないです。停学とかやめてください。」 「は?」 奈良が心底信じられないといった顔で見てくる。だってそんなんで終わりとか嫌すぎる。 「僕の傷は残ります。だからこの三人がやったことはきれいさっぱりおしまいって感じにはなんないんです。そっちのがきつくないですか?傷見て思い出すだろうし。」 だから停学とかいらないです。そう続けると、後藤は鬼瓦のような顔を更に歪めて、あきらかに面倒くさいという顔をした。 「お前、高杉のときもそんなこと言ってたな。全く、お人好しがすぎるだろう。」 「だって、自分のせいで他人につけた傷は一生消えないんですよ。高杉くんだって退学にすることなかったんだ…。だから今回もおんなじです。停学にしないで、別のにしてください。」 呆気にとられたように僕を見る添田と奈良は、まだ状況がいまいちわかっていないようだった。崎田くんだけはひどく戸惑ったように取り乱して、半ば詰め寄るような形で口を開く。 がたんと大きな音を立てて立ち上がったので、音に驚いて少しだけのけぞってしまったのが恥ずかしい。 「ま、まて…じゃあ、お前は高杉を引き止めてたのか?」 「引き止めてた…って直接本人にはできなかったけど、先生にはお願いした。教頭が相手だったからむりだったけど。」 「え、…じゃあ…同意じゃねえのか?」 「あたりまえだろ!というか、同意したとかへんなうわさが流れてたってこと?」 なんだかわからないが、崎田達が勘違いをして囃し立てたという説が僕の中で浮上する。 よく考えてみたら、あんな事があったにしてもサッカー部に知れ渡るような時間はあったのだろうか。 高杉くんが刺されて、僕が駆付けた俊くんに運ばれて、益子と学は教頭たちと病院にいったのだ。 高杉くんは入院したまま退学することになり、ぼくも学校をやすんでいた。益子と学は学校に行ってたけど、僕が休んだ理由や高杉くんが退学にするに至った経緯など話している様子はなく、たまたまタイミングが重なったことで疑われたにしても、あまりにも内容が具体的すぎる。 そうなると、出どころはどこなのだろうか。 「ねぇ、その噂どこからきたの。」 「青木。サッカー部の後輩。」 「ええ、ごめん全然わかんないや…」 「ほら、あいつの彼氏だよ。清水の。」 清水、といわれて思い出したのはあの女子だ。元サッカー部のマネージャー。高杉君のことを好きすぎて刺してしまって、同じく退学してしまった。今は精神科にかかってるんじゃなかっただろうか。 それを言われてなんとなく点と点がむすび付いた気がした。 「青木くん、清水さんから聞いたんだと思う。あの場に彼女もいたから。」 「え、あいつも?なんで…」 「あいつ、高杉のストーカーだったからじゃね。」 奈良がそういえばと言葉を続けた。僕もそう思う。清水さんが青木ってこと付き合ってるのは知らなかったけど、清水さんが退学した理由とかも聞いてるのだろうか? 話題に出てないってことは、警察沙汰を恐れた教頭がもみ消したんだろう。高杉くんが刺されたことも、この感じだと多分知らされてない。 「なあ、話が盛り上がってるところわるいんだが、結局どうするんだ。」 「じゃあ、片平が停学じゃなくていいって言うなら…反省文でもかかせるか?」 「いや、廃部の危機ならサッカー部の後輩に戻ってきてもらえるように行動するでいいと思いますけど。」 例えば頭下げてまわったりとか?と提案すると、高橋先生がにやりと笑った。 「お前ら3人、挽回のチャンスだろ。青木も一年のエースなんだから、戻ってくるように言え。」 「え…まじかよ…気まず…」 「それが罰だよ、頑張って。」 辟易とした顔で崎田が言うと、奈良も添田もげんなりしていた。どうやらその青木くんが筆頭になって辞めたらしい。清水さんから吹き込まれたとはいえ、青木くんがもし言いふらしていたりしたら面倒くさい。少しだけ悩んで、提案することにした。 「あのさ、ついでだからいうけど、青木くんがもしまた勘違いさせるようなこと言い触らしてたら止めてほしいんだ。」 「ああ?…べつにそれはいいけど。」 「ありがと、むしろ青木くんがなんで勘違いの種を巻いたのかがわかんないけど…」 なんとなく怪我をした手の甲を擦りながら、足りない頭で考える。一番単純なのは逆恨みだ。彼女が停学になった原因の僕を貶めるため。 だとしたら清水さんの退学理由は何だったんだろう。後で聞けるなら、末永くんにでも聞いてみよう。 「じゃあ、お前らはこれで和解ってことでいいんだな?」 「僕はそれで、番またせてるんです、かえっていいですか。」 「あ、ああ。片平が番ったのって本当だったんだな。」 後藤先生がいまだ信じられんといった顔で見てくる。別に早いつもりなんてないけど、高校生で番ったのはたしかにあまり見ないかもしれない。近くに益子がいるから普通だと思ってた。 崎田も添田も奈良も、各々に納得してくれたようなので、ひとまず平和的解決に持っていけたのかな? 彼らはこれから自分たちの信用を取り戻すのに大変だろう。 そこはしっかり頑張ってもらわなくては。 「きいち。」 「え、なに。」 崎田が扉を開けようとした僕に声をかけた。その割に僕の方を全く見ようとせず、目をそらしているのが面白い。 おとなしく次の言葉を待っていると、ようやく ゆっくりとだけど僕の方を向いてくれた。 「もうしねぇ、いわねぇ。」 「…、うん。わかった、ありがと。」 律儀に宣言してくれた様子が少しだけ以外で、ちょっとだけ面白くて笑った。 扉を開けた瞬間、匂いでわかっていたのか俊くんが迎えに来てくれていた。くん、と顔を近づけて香りを確かめる。僕の気持ちが揺らいでないということを確認できたのか、不機嫌そうな顔をしながらも促されるようにして部屋をあとにする。 先生達も、まさか扉の前で番の俊くんが待っているとは思わなかったようで、あわや3人とぶつかるのかと気を張ったようだけど、僕が平気なら基本的に俊くんが怒ることはない。 番の気持ちを優先してくれる僕のアルファは納得はしてないけど、自分の中の蟠りを抑えてくれているようだ。 張り詰めていたのは添田達も同じだったようで、部屋をあとにした僕の後ろで疲れたようなため息を吐いているのが聞こえた。 帰ったら俊くんが満足するまで甘えよう。頼られるのも守るのも、全部俊くんの特権なのに我慢させることが多かったから、きっと違う意味でなかされる事になりそうだなと、少しだけ内側に熱が灯る。 「きいち、」 「帰ったら、したい。」 「ん、」 きゅ、と腕を掴んで肩口に擦り寄る。 慌ただしくて疲れた。そんな今日を頑張って過ごした僕に、ご褒美を下さい。そうおねだりするように。

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