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喜びはお静かに
「おい俊くん、昨日どうした?きいちは?」
「まずはおはようだろうが。」
「おはよう俊くん!きいちは?」
「………。」
まじでこいつ、きいちの事好きだなと思った瞬間だった。
クラスに入ると、待ってましたと言わんばかりに駆け寄ってきた学にまとわりつかれ、益子は益子でにやにやと邪智をしている。お前らが想像しているより凄いことが起こったのに、思春期とはそんなもんである。
とまあ、自分が口にするよりも教師から説明があるはずである。俊くんは特に何も言わず、そのまま席につくと鞄をおろした。
「そういやこれ、きいちにかえしといてくんね?」
「ノート?いつの間に借りたんだお前。」
「こないだあいつんちいったんだよ、テスト勉強しに。」
「あ?」
「おいやめろ!俺だって番いますから!変な想像すんなっつの!」
そんなことは聞いてなかった気がする。何故かノートの表紙にぶたの落書きがされているピンク色のそれを受け取り、パラパラとめくる。
字が下手ながら、なかなかに愛嬌のある丸文字で書かれているそれは現代文で、科目に沿った内容に付け足すようにポイントが書かれていた。
「以外に真面目なんだよなきいちって、しってた?」
「理数しかみてないから知らなかったわ。好きな科目はしっかりしてんだな。」
だからといって暇だからとノートの隅にパラパラ漫画を描くのはやめろといいたいが。
そういえば帰りに事務室寄って学生手帳に承認印を貰わなきゃいけないんだっけか。なんの気無しに鞄から預かったきいちの生徒手帳をだして番のページ欄を捲っていると、特別対応の欄で手が止まる。必要事項に母子手帳のコピーが必要と書いてあった。まだ会得できない場合は病院に確認を取るための連絡欄と主治医を書く場所があり、スマホで検索をしながら埋めていく。
もくもくと記入をしていると、やけに静かだなと不審に思い顔を上げると、益子と学が覗き込んだ状態で固まっていた。
「…な、なんだ。おまえら」
「うっわ…え?うっわまじで?うそ?」
「あ?」
「もしかしてにんっ、」
学が声を上げる前に慌てて口を塞ぐ。別に隠すことでもないが、騒がしくなるのはホームルームが開けてからで十分である。
「月曜にはきいちくるから。あんま騒ぐな…」
「うわ、俊くんそんな顔できるの!?」
「あ゛?」
どんな顔だと言おうとしてやめた。知りたくもなかったし恥ずかしかったからだ。学がめちゃくちゃキラキラした目でみてくるが、なんでお前がそんなに元気なんだと言いたい。
なんだかんだでクラスに担任が入って来たので解散させると、ちらりとこちらを見て頷かれた。
なんだかわからないがやたらやる気満々である。構わないけどなんか違う気がするなと思った。
生徒が席についたのを確認すると、担任のそいつは咳払いをして、勿体ぶらせるようにしながらクラスの大ニュースを告げる。
「まずはみんなにお知らせがあります。このクラスに関わることなので、心して聞くように。」
なんだなんだとざわつく教室で、目の前の益子も斜め後ろの学もやたら落ち着きがないオーラを出している。まずは桑原くん、おめでとう。と口火を切ってから、まるで自分の手柄のように胸を張り演説をするかのように事実を述べた。
「片平きいちくん…いや、桑原くんかな、彼が妊娠しました。クラスのみんなはしっかりサポートをするようにね。」
しん、と静まり返った刹那、爆発するようなテンションで雄叫びを上げたのは益子と学、そして野球部三人組だった。他のクラスメイトもそれぞれが思い思いにお祝いを言ってくれるのを身に受け、尻の座りが悪い思いをしながらも、俊くんは益子が揶揄した照れた顔を存分に晒しながらペコリと頭を下げた。
きいちがもしこの場にいたなら、憤死したであろうほどの盛大なお祭り騒ぎだ。ちゃっかり奈良も添田も自分のしたことを棚に上げながら拍手をしているのは腑に落ちないが。
ちなみに真っ先に謝ってきた崎田はというと、酷く憔悴した顔で落ち込んでいた。ただ一人を除いたその他がお祝いムードだった為、その様子はひどく目に付いた。
帰宅後、着替えもそこそこにきいちの家に向かう。昼休みに食べたものを写真で送るように言うと、麦茶とオレンジ一個、そして量を多く見せようとしたのか葉酸キャンディーとサプリが送られてきて、まるで意識高い系のモデルのような食事内容に渋い顔をした。仕方ないとはわかっているが、もう少し頑張って欲しかった。
益子と学もきいちに会いたがっていたのだが、悪阻が酷いことを理由に断った。月曜日までまだ日はある。せめて貧血だけでもどうにかしたい。
「というわけで買ってみた。」
「それオカンのときだからね?」
学校帰りにすぐ購入したポテトのSサイズは、着替えて家に行く頃には見事に冷めており、湯気の水分も含んでしまったのか何とも美味しくなさそうだ。
マスクをして出迎えたきいちが受け取った第一声は、なにこれ不味そうだ。俺もそう思うと心のなかで同意する。
「おわ、それくってた。腹に溜まって食べやすくて、意外と癖になるよなぁ。」
晃が懐かしそうに笑いながらひょいと一本食べる。もそもそ口を動かしたあと、やっぱまじぃわこれ。とお墨付きをもらった。
「まあ、不味いだろうけど試してみろ。もしかしたら味覚一緒かもしんねーだろ。」
「うう…たしかに。」
「あとこれ。たんぽぽ茶」
「たんぽぽ!?」
どん、とポテトと一緒に出したのは妊娠中に飲むといいと言われているものだ。鉄分不足のきいちにはぜひ飲んでもらいたい。うまいかは別として。
「ふぅん、早速淹れてみるか。」
「そんなかってこなくていいってぇ…」
「安定期までは我慢しろ。」
俊くんは親ばかになりそうだなと思った瞬間だ。
以外にも冷えたポテトはきいちにとっては食べやすく、もくもくと口を動かしている。うまいかはわからないが、塩気が丁度いいらしい。俊くんも食べてみたけど、やっぱり熱々がいいなとは思った。
晃が淹れてくれたたんぽぽ茶は、なんというか苦いほうじ茶というか、薄いコーヒーのような味がした。なんというか甘いものが食べたくなる味だ。
砂糖を入れて牛乳とまぜたら珈琲牛乳っぽくなるような気がして、きいちは好きだった。
「そういえば担任がお前の妊娠のこと言って、クラスメイトがお祝いムードだったぞ。」
「うっっわ、うっっわ!行き辛くなるじゃん!!」
「まあそう言うなって。学が会いたがってたぞ、益子もテンション上がってたしな。」
「へぇ?いいクラスじゃん。よかったなきいち。」
「ひぇー‥」
これはマジに元気なベビーを産まなければ、きいちは照れ臭そうに耳まで顔を赤らめながら、さすさすとまだ薄い腹をなでた。
その日は朝だけ悪阻に悩まされたが、別のことで胸がいっぱいにはなっても、不思議と悪阻は収まっていた。
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