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温もりは外側からも
月曜日だ。ぱちりと目が冷めた僕は、まだ薄いお腹に挨拶をしてからゆっくりと起き上がる。今までがばっと起きていたのに、もしかしたらお腹に負担がかかるのでは?と思い直してやめたのだ。
朝から少し胃がムカムカする。日課になりつつある体温測定をしながら、寝癖を整えた。今日からまた通学するので、すこしどきどきする。
かばんの中には葉酸サプリやキャンディー、小腹がすいてたらこまめに食べる用のお腹に貯まるおせんべいやらオールブラン。教科書よりもおかしのが幅を効かせている。
「ふわぁ、36.7。よしよし、」
カレンダーにこまめに書き始めたのは妊娠してからの日課で、ヒートが近くなっても体温を管理してこなかった僕がやり始めたのも、一人の体じゃなくなったからだ。
今日で7週目、先生いわく順調なら12mmで二頭身くらいになっているらしい。今日の検診が楽しみだなぁ…もしかしたら心音も聞けるかもしれない。
制服に着替えて下に降りると、オカンがバナナとヨーグルトを用意してくれていた。俊くんが買ってくれたたんぽぽ茶を飲みながらゆっくり食べる。今の所大丈夫だけど、食べ終わると悪阻が来るのだ。
「どう?」
「ううん…、きもちわるい…」
「でも昨日よりは食えてる、やるじゃん?」
「まあね!っ、うー‥」
調子乗るといつもこうだ、少しだけこみ上げてきたのを堪えると、ゆっくりとたんぽぽ茶を飲む。君の栄養になるんだからちょっとは頑張ってくれ。
腹を撫でながら宥めると、自然と楽になるから不思議だ。多分気のせいだけど。
「カットしたオレンジと、水筒な。保険証もった?」
「もった…今日心音きけるかなぁ?」
「俺のときは聞こえた気がする。バコバコ言うからすげえ慌ただしい赤ちゃんだなと思ったけど。」
エコー写真たのしみにしてる、と笑ったオカンに頭を撫でられる。悪阻が落ち着いたら家事手伝うから今だけあまえさせてもらおう。食べ終えた食器を持っていくと、座ってればいいのにと笑われた。
「おはよう、体調は?」
「ううん…ちょっと気持ち悪い…」
「うんうん、無理しちゃだめだよ。お腹は?」
「ちょっと張ってる?かな?」
吉信がさわさわとまだぺったんこの腹を触る。おかんもペタペタと真似をして触ってくるので少し笑った。大人気だなぁ。
朝から親子3人でわいわいしていると、インターホンがなる。よく見るとお迎えの時間だった。
「はいはーい、おはよ。」
「おはよ、悪阻は?」
「きもちわるいのはあるけど、昨日よりはいいかも。」
「腹、さわっていいか。」
「ぶふっ、」
俊くんも気になるんかい!触ってないとこなんてむしろ無いでしょーに。許可撮ってくるのがなんだか可愛い。面白くて少しだけ笑うと、ムスッとした顔でおとなしく待っている。
「おかんとかにも触られる。ほら、まだわかんないよ?」
「おお…ちょっと温かい…」
「体温だよ!?」
ぺたんと俊くんの手のひらをくっつけると、なんだか少しだけ感動したような声を漏らした。まだ胎動とかもないのになんでだよ、ともおもったけど、本人が満足そうなのでよしとする。
そのまま鞄を俊くんが持ってくれ、僕に車道の内側を歩かせるスマートさを見せながら手をつないで通学した。
隣の俊くんをちらっと横目に見上げると、なんだかとってもご機嫌な具合だった。
久しぶりで少し緊張する。だけど俊くん曰く、みんなお祭り騒ぎだったらしい。うちのクラスメイトはみんな素直で面白い人しかいないのだろうか。
「おはよーございま‥、っ」
「きいちー!!!!!」
俊くんのあとに続いてなかに入ると、勢いよく飛びかかってき学を俊くんが止める。今日も元気だねぇ!
「おいコラ。」
「あ、わり。」
勢い余ってたたらを踏んだ学は、いまだうきうきとしたまま少し迷ってゆっくり抱きついてきた。
それがなんだか面白くて背中をポンポンと叩いて宥めていると、今度こそベリっと俊くんに引き剥がされていた。
「ちかい。」
「うっせー!お前なんていつでも堪能できんだろうが!」
「堪能とは!?」
なんだかよくわからないけど学が俊くんとバチバチである。目線の先に益子と野球部三人組が手を振っていたので二人を放置してそっちにいくと、なぜだか三浦くんがそっと僕の席を引いてくれた。
「おはよ、え?、えー!!なにこれ!!」
「ふ…、つけてみた。野球部で使ってなかったやつがあまっててな。」
なんと僕の席に薄いクッションがくっつけられていたのだ。元々監督がベンチにいるときに使っていたクッションらしく、厚さはそこまでないのだが、その気遣いが嬉しくて思わずはしゃいでしまった。
「僕の椅子だけVIP!!やばぁ!!」
「へへっ、元気な子を産めよな。」
「こいつきいちにいいとこ見せたかっただけだぜ。」
「ぶへへ、それでもうれしい。あんがと!」
「よせやいよせやい!」
なんだかそんな小さな気遣いでも嬉しくなってしまう。僕がみんなに迷惑をかけてしまう場面はたくさんあるはずだ。だから無理しないようにしながらもお返しができたらいいなと思う。
三浦くんたちは丸めた頭をかきながら、それぞれが照れくさそうにしていいた。
「おらみんな席につけー!片平ァ!体調はぁ!」
「ばっちしでーす!悪阻きたら中座しまーす!」
「おうおう、お前のために先生も数学の課題をプレゼントしてやるから後で取りに来いな。」
「それはまじ勘弁!」
ガラリと扉を開けて入ってきたのは数学の先生だ。テストはダメダメだが、実は割と仲良し。授業態度で成績をキープしてるのはお前だけだとお墨付きもくれたこともある。むしろそこしか褒められてないんだけどねぇ。
数学の先生と僕のやり取りにくすくすと笑いが漏れる。久しぶりにきた学校は、構えてた割にはみんなが受け入れてくれた。益子が教えてくれたが、課題を提出すれば出席扱いにしてくれるらしく、思わず先生を見上げたらにっこり笑って親指を立てていた。なにそれかっこいい。
そしてなにより忖度があったのか、俊くんが隣の席に座ってきたのだ。担任の先生の配慮らしく、何かあったらすぐに対応できるようにらしい。
大人に頼りにされる俊くん素敵と言ったら、番だからだろとマジレスされ申した。
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