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辛辣より親切

テスト期間ということもあり、久しぶりに部活のない放課後を使って友人と話していた。 話す内容は本当に他愛もない、友人のあの先輩が可愛いだとか、後輩のだれそれが俺に気があるらしいとか、そんなんばっかで辟易をしていた。 青木は真横でかっこつけて壁によりかかる自称アルファの友人、田辺の話に耳を傾けながら、別のことを考えていた。 高杉先輩にまたなと言われてから、もう一週間をとうに過ぎた。告白まがいなことをしてしまった手前、何も反応がないのとが吉報なのかどうかすらわからない。呆れられただろうか、それとも気味悪がられただろうか。どちらにしろ、自分から連絡を取るのもなんだか違う気がして、あの日からずっとスマホのSNSを開いては閉じを繰り返している。 なにかきっかけがあればいいのにな、そう思いながら適当に相槌を打つ。 「きいてる?俺もさぁ、運命の番?的なやつ。憧れてんだよねぇ。やっぱでっけぇ男になるには支えが必要ってーか?」 「ああ、そうだな。」 「やっぱ体の相性っつーのも大切なんだろうなぁ。3年の、なんだっけ。私服の妊夫の先輩いるだろ。お前知り合いなんだっけ?」 「ああ、そうだな。」 「あんな感じのさぁ、中性的っつーか、色気のある儚げ美人とかいねぇかな。吉崎先輩みたいな強気な可愛い系もいいべな。」 「ああ、そうだな。」 隣で値踏みするように目の前を通る一年や同じ学年のオメガだろう生徒を見つめながら、ぐふぐふと笑ってはしきりに髪をかき上げる。こいつが目標にしている桑原先輩の真似しているらしいが、なにしろ髪型も似たような感じに伸ばしてはいるが全然似合ってはいなかった。 「ほら、俺も桑原先輩と通じるものがあるじゃん?だから桑原先輩にはない愛想ってやつ?出してけはばそこそこいいとこまでいけると思うんだよなあ。」 「通じるもの?」 言っている意味がわからなくて思わず顔を上げる。桑原先輩がしている髪型は無造作にかきあげた茶髪がかすかに首筋にかかり、長めの髪の毛先を、濡れたように見えるオイルで整えられているのでめちゃくちゃ色っぽい。のだが、目の前にいる田辺はただ伸ばしてワックスで毛先を跳ねさせているだけである。 多分それつけ過ぎだぞ。毛束太いなおい。そんなふうに思いながらも、別に指摘するとそれはそれで面倒くさいので黙っておく。ふと顔を上げると、なんだかあたりが沸き立つような、少し盛り上がっている雰囲気だった。 「なんだあ?なんか騒がしいなおい。」 田辺が再び髪をかきあげる。桑原先輩のように少しだけ顎を上げて首を右側に傾ける。気だるい顔を作っているつもりだろうが、余った顎の肉が顔を支える様にして二重になっている。 本人が満足してるならいいが、口調が卑屈っぽいんだよなぁ。青木は面倒くさそうにちらりと田辺をみると、その団子っ鼻を広げてふんすと興奮した様に頬を紅潮させた。 「おいおいおいまじかよ。あれ片平先輩だぜ?桑原先輩いねえし、知らねえ男3人侍らしてんじゃねーか。」 「え?」 「坊主の奴ら何だあ?やたらガタイいいなおい。むさ苦しいガードで全然見えねえ。」 田辺の様子に視線を戻すと、たしかに歩いてくる先輩がいた。知恵熱なおったのか、相変わらず黙っていれば美人なのになと思っていたら、バッチリと視線が合った。坊主と坊主の隙間から幅広の眠そうな二重が瞬きをして少し目を見開いた後、柔らかく目を細めて微笑んだ。うわ可愛、て、まてまてまて。え、なんでこっちくる。ちょ、ま、やめ。 青木の心の声は虚しくも届かず、そのまま人相の悪い坊主を引き連れて、あろうことが近づいてきた。 「青木く、」 「片平先輩じゃないっすか!!!」 「ん。」 「バカ、田辺バカ!」 うぇい!!といったノリで田辺がまるで同級生にするかのように絡んでいく。言っておくが初対面だ。あんなガタイのいい坊主3人に囲まれているきいち先輩によく物怖じせず行けるなと若干尊敬はしたが、空気が読めない事には変わりない。 きいちはキョトンとした顔をして田辺を見返している。誰だっけという顔で青木の方を見て首を傾げた。 「俺っすよ!!俺俺!!わかんないかなぁ、二年生の中じゃ、割と知ってもらえてる的な?感じなんすけどねぇ!」 それはお前が痛々しくて注目を浴びているだけだろう!!と声を大にして叫びたかった。 田辺の馴れ馴れしい態度に、ひときわ体の大きい坊主の先輩が前に出る。 田辺の自称筋肉とはちがう、スポーツで絞られた大きな体だ。そんないかつい先輩が、田辺を見下ろすようにして見る。 「おい2年。自己紹介もできねぇのか。というかお前は誰だ馴れ馴れしい。」 「三浦くん三浦くん!みえない!僕青木くんに話しかけたんだって!」 「え、おれ!?!?」 「青木にぃ?」 ガタイのいい坊主の先輩は三浦と言うらしい。青木はまた3年の怖い先輩と知り合ってしまったと、心のなかで少しだけ泣いた。 田辺は自分に反応してもらえたと思っていたのか、胡乱げに青木を見る。田辺の粘着質な性格を存分に知っている分、ああまた面倒くさい事になったなと思った。 「きいちぃ、となりのロン毛はお前の知り合いかぁ?」 「多分青木くんの知り合いじゃん?あんま学校来られなかったから2年の有名人しらねーの。」 「時間いいのか?忽那さんとこ行くんだろ?」 「うん、17時迄にいくっていったし。」 時計を見て時間を確認する。まだ2時間はあった。 田辺は忽那さんの名前を聞いて、はっとしたようだ。たしか益子先輩の番だったか、体育祭ではあの麗人の来場に男子が浮足立ち、益子の登場で打ちのめされたのが記憶に新しい。 「え、先輩忽那さんとこいくんすか!」 「え、あ、うん。」 「おい、田辺やめろって!」 きいち先輩がドン引きしてるでしょうが!!という気持ちで詰め寄る田辺の肩を掴む。ぶにりとした脂肪を感じでうわっと思った。なんでこいつこんな体が熱いのとも。 「へええ!!いいなあ!!俺も混ぜてくださいよぉ!その腹じゃ鞄持つのも大変でしょ?俺がエスコートしますってぇ!」 「バカやめろ!お前うるさいから黙っとけってマジで!」 田辺にはきいちの呆気に取られている顔も、まわりの目も、血管を浮かせる三浦先輩の表情すらも見えていないらしい。 きいちは困ったように頬をかくと、すっぱりと言い切った。 「でも、知らない人と一緒に帰るの嫌だから。ごめんね。」 「えっ。」 「ぶはっ!!!」 坊主の人の誰かが吹き出すように笑う。それはそうだろう。本当に困ったと言った顔で嫌だといったのだ。やっぱりきいち先輩は強いなと思った。青木なら無理だ。なぜなら顔色をみて言葉を選ぶから。まあ、田辺に対してはどうかはわからないが。 「青木くん、なんか落ち着いて話せなさそうだからまたにする。ごめんねなんか僕のせいで騒がせて。」 「あ、いやべつに…なんか逆にすんません。」 きいちはやれやれといった顔で田辺を見ると、言外に隣の子煩いねと言った。それはもう察してあまりあるほどだ。逆にすいませんとさえ思う。 「俊くんも気にしてたからさ、嫌じゃなければまた会ったときにでも声かけて。というか、僕も声かけていいかな?」 「勿論!それは、全然!」 「よかった。じゃあ、またね。」 「あ、はい!!また!!」 ふわりと微笑んだきいちは、ゆるゆると手を振って大きな男たちとなにか話しながら歩き去っていく。途中さようなら、と勇気を出した後輩に声をかけられると、にっこり笑ってさようなら、と返す。 サービス精神が旺盛というか、親しみやすさ満載というか、狙ってやってないのは周りがどんな目で見ているかをしらないからだろう。 青木は突然声をかけられ、大いに動揺した。結局内容はわからなかったが、近づきがたいと思っていたのは自分だけなようで、寧ろこちらに気を使うような感じで話しかけてもいいかと言ってきてくれた。 それは恐らく隣の田辺の反応を見てなんとなく察したのだろう。 青木にとって、校内から注目されている先輩に気遣ってもらえたことがなによりも嬉しかった。

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